[BlueSky: 862] Re:824 「人間中心思考の排除」の考え、 841 還元論にご注意を!


[From] "Nagamine, Takafumi" [Date] Fri, 10 Sep 1999 17:19:32 +0900

STAFF研の長峰です。

# 改行せねばと思いつつも「文章ができた!」と思うとついつい送
# 信を押してしまいます。すみません。今回は書きつつ改行し
# てみました。

一番返事しないといけないと思っていたものが一番最後になってし
まいました。いろいろ考えてみたのですが、ゲンゴロウさんの
メールに対する返事はどうやってい
いの分からないので、後藤さんのメールに対する返事で代用させて
下さい。

後藤さん
> 後藤【84】:
>> で、とりあえず、中澤さん【60】の三水準を僕の言葉でまとめてます。
>> (1)(いわゆる)非人間中心主義 対 人間中心主義 
>> (2)文化的自然 対 「文明的」利便性(利用価値)
>> (3)同一の目標を達成する際の、自然能力 対 人工能力 の対立。

そういえばそういう議論がありましたね。この時に人間中心主義に
(2)も(3)も入ると思ったんですが、議論と関係ないのでほっと
いたんですけど、実際のところ人間中心主義の意味するところが
良く分かりません。共有地の例もあるし・・・ある固有の主義を指して
いるんでしょうか?

私が人間中心と言っていたのは、自然の存続と人間
の存続とどっちをとるんだ(自然がないと人間も生きられない
という議論はおいといて)と言われれば人間の存続と答える考え方を
指しているつもりです。ということでゲンゴロウさんの議論と噛み
合っていなかったのかな?


人間中心と関係ない部分ですが、
ゲンゴロウさん
> 私は、この無限の能力を秘めた心(精神、無意識、深層心などの総称)
> を、数学とか物理とかいった認識出来ているものと比較をしてしまい、
> 軽んじてきましたが、「実はすごいんではないか」と感じています。

私も意識に上がってきている部分は脳の極一部だと思います。
以前、40度近い熱を出しつつも5kmほど自転車をこいだこと
があったのですが、その時によく人が死ぬ時に見ると言われて
いる走馬灯のようなものを見ました。それは、目の前いっぱい
に自分の生い立ちの写
真をぶちまけて、それぞれがそのシーンを上映していてそのす
べてを見ている感じでした。それから、博士論文の佳境にある時に
5つくらいのことを同時に考えている自分を感じたことがあり
ます。こういう経験から、人間の脳が持つ潜在能力には
すごいものがあり、意識に上がっている部分は自分の表層
だけだと思うようになりました。また、自分が意識は
生物としての自分の極一部にしか過ぎないし、意識的に
変えるのが簡単でない自分がある(これは自然の一部?)とも思う
ようになりました。



長峰 ∴nagamine@gene.staff.or.jp∴



▲前の記事へ ▼次の記事へ △記事索引へ △青空MLトップへ

(注)この記事が最新である場合,上記「次の記事へ」はデッドリンクです。