[BlueSky: 743] 「理解する」ことと「感じる」こと Re:732


[From] "Noriaki Ikeda" [Date] Fri, 3 Sep 1999 16:18:53 +0200

喜多さん、皆さん、こんにちは。
フライブルクの池田です。

喜多さんの「世間話」から始まった「昆虫議論」、とても興味深く読ませていただ
きました。
今日は、喜多さんの書かれた次の部分について、レスしたいと思います。

喜多さん:
>所で,私は次の疑問を持っています。
>それは,私は大阪の住吉神社の西に住んでいましたので,小さい頃,夏になると神

>の神舞の行われる,誰もいない石舞台の上で,仰向けに空を見,周囲からじゃんじ

>ん蝉の声を聞いていると
>「静かさや 岩にしみ入る 蝉の音(声かな)」で,無常の幸福感を味わっていた

>ですが,どうも蝉の声を「静か」と捉えられるのは日本人か,東洋人で,西欧では

>唯の「騒音」「雑音」としか捉えないと聞きました。

同じような事を書いた記事を、前にドイツの科学雑誌か何かで読んだような気がし
ます。
日本人の持っている自然に対する「感覚」について、何人かのドイツ人から質問を
受けたこともあります。西欧人が、虫の泣き声を聞いて、本当に、「雑音」や「騒
音」としか感じないかどうかはわかりませんが、彼らが、日本人の「感覚」に興味
を持っている、記事にもなっている、ということは、この「感覚」が、西欧人が持
ち合わせていない、「独特のもの」ということではないでしょうか。

これは、「理解する」ということを重視してきた西欧の文化と、「感じる」という
ことを重視してきた日本の文化の違いが表れているのでは、と私は思います。

私は、前にフライブルクの環境教育の施設で研修をしたことがあります。そこで働
いている12歳のこどもを持つある女性職員が、次のようなことを、わたしに話し
てくれました。

「ドイツ人は自我(Ich)が多すぎる。小学生高学年の娘のクラスでも、みんな、我
先に、と他人を押しのけて、自分の意見を主張している。わたしは、そういうふう
に娘をしたくない。私の旦那(お医者さん)が、今、中国に短い研修に行っている
のだけど、アジアの人間的な社会にいて、心が休まる、とても満足している、と電
話で話していた。みんな自己主張ばかりして、たえず張り詰めていなければならな
いドイツの社会は、あまりよくないと思う。私もアジアの文化を勉強したい。どう
すればいいと思う。」

私はその時、答えに困って、その場の思い付きで、次のようなことを言ったような
気がします。

「ヨーロッパでは、人は何でも「理解しよう」とするけど、アジアでは、「感じる
」ということが大事にされていると思う。」

ドイツの学校では、成績は、いかに授業中に手を上げて自分の意見を言ったか、で
評価される場合が多い、とある人から聞いたことがあります。我先に、と他人を押
しのけて自己主張している小学生は、議論偏重のドイツの教育の悪い面の表れでは
ないか、と思います。

議論する場合、自分が「感じた」ことを述べただけでは、多くの人を納得させるこ
とは出来ないことが多いと思います。それには、根拠や裏づけがなければならない
ですし、そのためには、物事を分析したり総合したり、と科学的な思考をしなけれ
ばなりません。こういう事を訓練するのは、民主主義社会を持続させるには必要な
ことでしょう。環境問題をはじめいろいろな社会問題を解決するためにも有効かと
思います。

何人かのドイツ人から、ドイツの学校教育では、感覚的なもの、が軽視されている
、と聞きました。

「感じる」または「情緒を抱く」という能力は、「理解する」という能力と共に、
人間にとって大切な能力ではないか、と思います。西欧で生まれた科学合理主義思
想は、人間の「理解する」という能力ばかりを育て、「感じる」という能力を縮小
させてしまったのではないでしょうか。

日本の学校では、子供たちの「議論する能力」「理解する能力」「想像する能力」
を高めるような教育をもっとおこなうべきではないか、と思います。民主主義の社
会を作っていくには必要だからです。一部の国家の指導者、大企業だけが利益を得
ている不健康な日本の社会を健全なものに変えていくには、必要だと思うからです
。しかし、その一方で、俳句などの「感じる文化」「情緒の文化」も大切にしても
らいたい。それらには、社会を変えていく、というような効果はあまりないかも知
れませんが、人間が幸福な生活をするためには必要なのではないかと思います。

ドイツで4年暮して感じたことです。「立場の違う人達が、活発に議論しあうこと
によってよりよい社会システムを作っていく、または、同じ志しを持つ人たちがグ
ループを作って「権力者」と戦い自由を獲得する、それだけでは、人は本当に幸福
にはなれないのでは? 心の余裕、平穏などが必要では?
心の余裕、平穏は、「理解する」事より「感じる」ことから生まれるほうが多いの
では?」

ドイツでも、現在、「俳句」は静かなブームになってa"るようです。


池田憲昭

Noriaki Ikeda
Peterbergstr. 31
79117 Freiburg, Germany
tel/fax. 0761/4002053
email. ikeda@uni-freiburg.de


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