[BlueSky:06508] Re: 生き物と の出会い


[From] SUKA Takeshi [Date] Wed, 10 Aug 2005 14:44:02 +0900

須賀です。

中澤さん:
> > 個人的には,議論だけではどうにもならないような閉塞感を感じることも
> > 時々あります。けれども,議論が必要なことも確かだと思います。
> > # 昨今の国会みたいな議論放棄→強行ではダメでしょう。

葛貫さん:
> 以前、小池環境省長官が環境省の専門家会合のオオクチバス特定外来生物
> 指定を先送りという決定を覆して、規制対象の第1次リストに加えたことも、
> 議論放棄→強行の例でしょうか。「議論する」という名目で、本質的な問題
> にはふれず、建設的でない時間稼ぎをしているような気がしないこともない
> のですが(^^;。

この特定のケースにあてはまるかどうかはわかりませんが、一般論として
こういう規制のための法制度をととのえるときには、「理念」としていい
方向かどうかということのほかに、その法律の具体的な内容(指定する種や
罰則の規程)によってめざす方向での実効があがるかどうかということを
考えないわけにいかないのだろうと思います。それは社会的な合意形成が
どこまでできあがっているかということにも依存するでしょうね。でもそこ
のところの判断はむずかしいことが多いと思います。そこで政治的に決断
を示すことで世の中の空気をつくってしまおうというやり方も、ひとつの
判断のあり方として現にありうるわけですね(結果としてそれがもくろみ
どおりにうまくいくかどうかは、もちろん別の問題なわけですが)。

一方で、こうした新しい制度をつくるときに広く参加をもとめて合意形成
の手続きをふむことも、(すくなくともわたしの知る自然環境保全の分野
では)その重要性が強調されるようになってきていて、行政の担当部局と
しては(あとでそのことで責められないためにも)その手続きをきちんと
踏んだ、という実績を示せるようにしたいと考えて不思議ではありません。
そのために、議論にかかる時間が、法律の実効性の判断をこえて長引いて
しまうこともありうることだなあと思います。もちろん、それは結果より
も意思決定の手続きの方が大事だ、という価値判断の問題でもありうるの
で、一概にわるいとだけいえることでもないと思いますが。

オオクチバスについては、早く指定した方がいいとわたしは思っていました
が、それは一個人の考えとして「理念」の部分で思ってただけかもしれま
せん。

葛貫さん:
> 7月26日の朝日新聞に『決める? 決めない? '05「選択」考 上 正解の
> ゆくえ』という記事がありました。
>
> ******
> 自己決定に自己責任。洪水のような情報の中で、常に「決める」ことを求め
>  らる時代。裁判員制度もやってくる。ホリエモンは「決断」して新たな地
> 平を切り開いた。でも、本当に私たちは、自分で決めているのだろうか。身
> 近な「選択」の風景から、決めること、決めないことを考える。
> ・・・・中略・・・
> 「クイズ番組から正解が失われつつある」
> ・・・中略・・・
>  先の石田さんは、社会学者ウルリヒ・ベックの逆説的な考え方に共目うす
> る学生が目立つことに注目する。ベックは著書『危険社会』の中で、知識や
> 科学自体に危険が内在するため、最高の知と良心を持ってしても、逆にだか
> らこそ危険は生じざるを得ないとする。
> ・・・中略・・・
> 石田さんは「決めることへの根底的な疑い、無力感がムードとして若者の間
> に漂っている。ネットや携帯電話の存在も、自己決定という作業の意味を、
> 根底から覆すおそれがあるのではないか」と話した。
> *********

いろいろたくさんあることを何もかも決め(つけ)てしまいたくはない、
という「若者」の気持ち、わかるような気がするなあ。おこがましいよう
な気もするし。

そうは思っても、自分が何もかかわらないうちにどんどん決められたり
進んでいったりしてしまうことも世の中にはあるわけですよね。新しい
法律とか、行政の予算のつかいかたとか、大気中の温室効果ガスの濃度
とか。そういう大事(とされていること)には目にみえるようなかたち
でかかわれる実感がない、というのも無力感の原因のひとつなのかな。

科学に内在する危険性については、リスクコミュニケーションとか予防
原則といった考え方がそのことへの対応として提案されているわけです
が、そうした対応がどのくらい有効かということと、社会の成員による
意思決定への参加のあり方としてどういう可能性と欠陥をはらんでいる
のか、といったことが、わたしのなかではまだよく整理できていません。

葛貫さん:
> 『みんなで正解ということにしておこう』という合意形成みたいなものがあ
> まりされないこのMLは、何か、尻切れトンボみたいな感じもするのですが、
> 「幻想のリアリティー」を作り出すのではなく、後は、自分で考えてね、
> という感じで、「ネットや携帯電話の存在も、自己決定という作業の意味を、
> 根底から覆すおそれがあるのではないか」という危惧は、少ないのかも(^^;。

ある意味であたりまえのことですし、このメーリングリストにかぎった
ことでもありませんが、こうした場では、思っていることをお互いに
なにもかも吐き出すわけではありませんよね。ちょっとニュアンスが
つたわらなかったかな、などと思っても、それ以外に新しく付け加える
情報がないようなときには、そのままやりすごしてしまうことがわたし
にはよくあります。だからどうだ、ってこともないのですが(笑)。

このあいだのオトギリソウの薬効の話では、Fukushimaさんと葛貫さん
にすばらしいフォローをいただいてつけくわることがなくなってしまい
ました。確かに、オトギリソウの話は、わたしの参加した観察会でも
何人かの方がご存知のようでしたし、わたしがあのとききいたなかで
最高の話というわけでもなかったのですが。わたしがあの話でなにを
いいたかったかというと、現場を歩いて実物をみながら聴く話には、
自然への興味を大きく広げてくれる効果がある、ということでした。
で、オトギリソウの話を例にしたのは、あたりさわりのなさそうな話
だったからです(笑)。もっと貴重な植物の話もききましたが、この
ような公開されているMLでご紹介するのはやめとこうと思いました。
ところがそれにFukushimaさんと葛貫さんがさらにくわしい話を追加
してくださったおかげで、オトギリソウについてさらによく知ることが
できました。ありがとうございました。

葛貫さん:
> 別の場での「1ヘクタールの畑は何人を養っているか?」という話は、1ヘ
> ク タールの耕作地は、どれだけの雇用を創出できるか、というような切り
> 口の話になりました。
>
> 農水省が算出した平成15年度のカロリーベースの食料自給率は40%、
> 生産金額ベース食料自給率は70%。
> http://www.maff.go.jp/jikyuuritsu/index.html
> http://www.maff.go.jp/jikyuuritsu/kuwashiku1.html
>
> この落差は、何なんだ? というか、今後、カロリーベースではなく、生産
>  金額ベースの食料自給率を中心とした議論・報道が主流になってきたら、
> 輸出入がうまくいかなくなった場合、危ないんじゃないかな、と思いました。

トマトなんかは、栄養は満点ですが、カロリーはとても少ないですよね。
こういった作物の種類による性質や用途のちがいは、そういう計算をする
場合、どんなふうにあつかわれるのかな。

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須賀 丈(SUKA Takeshi)
〒381-0075 長野市北郷2054-120
長野県環境保全研究所(飯綱庁舎)
自然環境チーム 動植物生態ユニット
Tel: (026)239-1031 Fax: (026)239-2929
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