[BlueSky:06419] Re: ハローワーク


[From] yogo [Date] Thu, 17 Mar 2005 10:25:18 +0900

こんにちは  余語です
現役で高校の教員をしています。(今日は2ヶ月ぶりの休日です)

前任校で高3の進路指導を行っていたときに思ったのですが、どこかで
「自分の能力が目覚めて、もの凄い成果を上げる、そういう場所があるのではないか」
と思っているように見えました。
だから「何が自分に向いているか知りたい」と思うのではないかと。
確かに、好き嫌いとか、適性などと言う要素もあるでしょうから、
一概にそれを否定することはありませんが、
「自分はここで努力したい」というような感覚ではなく、
「ここなら大して努力しなくても成功できそう」という感覚です。

「自分には実は凄い能力があるんだから、こんな所でこんな地道な努力なんかしなくていい」
と思い、仕事を転々としたり、無職でいたりしている人が多くはないでしょうか。

セリフだけが一人歩きしている感はあるものの「働いたら負けかなと思っています」というのは、
「こんな所で努力をしないといけないということは、本当は天性のモノ凄い才能なんてない
タダの人である自分を認めたくない」という意味なのではないでしょうか。

そして今勤務している学校の生徒を見て思うこと。
少子化で大学に入ることは容易になってきました。もちろん入学するのが困難な大学はありますが
え?と思うほど簡単に入れてしまう大学が増えてきているようです。
特に何の目的もないのに「大学には行きたい」と生徒は言いますが、「大学に入れ」れば
その先には「成功への道」が待っていると未だにそう思っています。
大した努力もせず、とりあえず大学生になり、在学中も大した努力をしないまま時間だけが過ぎ
そろそろ職でも……となって初めて「成功への道」が見あたらないことに気づきます。
色々な職があるのですが、「オレは大学に進学できたんだから、そんな道に進まなければならない
なんてことはアリエナイ!」と考え、なかなか職を選ぶことをしないまま、いつまでも有りもしない
「成功への道」が見えてくるのを待ち続けているように思います。
そして、親も、「うちの子は大学まで行かせたんだから(行けたんだから)こんな職に就かせたくない」
と考えて、自宅でダラダラと養ってしまうのではないでしょうか。

また、少子化で、高校入試も推薦、大学入試も推薦、と大した勝負にも出ずに20過ぎになり、
そこで初めての大勝負がやってきたとき、負けたくないと努力するのではなく、
負けたくないから勝負もしない、となっている人も少なくはないのではないでしょうか。

----------------------------------------
余語 宗紀(よご)
yogo@mb.neweb.ne.jp


▲前の記事へ ▼次の記事へ △記事索引へ △青空MLトップへ

(注)この記事が最新である場合,上記「次の記事へ」はデッドリンクです。