[BlueSky:06045] Re: 06034 Re: 株式会社による農業経営が解禁


[From] "genngorou" [Date] Wed, 11 Aug 2004 23:11:48 +0900


ゲンゴロウです。
最近、私なりに考えていることの中の一つに近い事柄なので、
ちょっと、参加させていただきたいと思います。

さがわさん:
> > 今の地方は、農村は人口過剰(過疎地なんて存在しない)で、都市は人口過少
> > (30万人程度ではどうにもならない)だから、農業しない人は農地を放棄し
> > てもらって、どんどん地方の中核都市に移動してもらうのが合理的

「人民の強制移動」の様で、この部分だけを読むと、ポルポト政権下
のカンボジア、北朝鮮のような合理的民主政策?のように聞こえて
しまいました。。部分だけを取りあげての印象はまずいのですが、
単純にはそう感じました。すみません。しかし、実は、もう一つの印象
として、「農村は人口過剰」は、へ〜、、と思いました。

葛貫さん:
> さがわさんが、農村は人口過剰(過疎地なんて存在しない)と仰し
> ゃるのは、求人に対して求職している人が過剰という意味ですか?

「農村は人口過剰」は、私も気になります。おそらく葛貫さんが
お聞きしたような意味なのでしょうね。

先日、嬬恋を通った際、田代湖という湖を地図で見つけ、見てみた
くて、その田代湖によってみました。すると、そこは周囲に鉄条網が
めぐらされた完璧な立入禁止の東電管理の湖ということでした。で、
そこから立ち去るときに道に迷い、ある集落に出ました。
山と畑しかないその地域にしてはとても多くの家が集まった比較的
大きな集落だなと思いました。家々は町中にあるような今風の家も
多く、高知の山間部の集落の家々とはちがっていたので、私は「何
が収入源なのだろう?」という疑問を持ちました。

その町(集落)は、国道に接していないので、私が道に迷わなかっ
たら見ることもできないような場所にありましたので、「あやしい」な
どと恐怖映画的に思ってしまいました(笑)。 しかし、隠れていたの
ではなく、もともと国道沿いにあった集落が、新しい道路が敷かれた
ために、道路から離れてしまい、結果、隠れてしまったようです。
で、地元の人に、その集落のことを聞いたのですが、戸数は500
程度で、内200件ほどは農業だそうです。しかしあとの300戸は、
どうやって生計を立てているのかという問いには、答えてもらえず
に、未だに疑問です。やはり、仕事がなく、そういう意味では人口
過剰だったのでしょうか。。。しかし立派な小学校もあり、いい集落
だなと思いました。
 まあ、そんな経験からすると、人口過剰というものが、「仕事と人
というエレメント二つの関係の人口過剰」であるなら、仕事を増やす
という方策もあるので、人を移動させるというのは、すこし恐い考え
方の様に思えます。
しかしながら、「仕事を増やせないなら、どうしようもないでしょ!」
という現実もあるようで、なかなか難しいことのようですが、もともと
お百姓さんというのは一国一城の主であり、経営者であるようで、
私の住む横浜でも、その考え方は会社勤めのサラリーマンよりは、
会社の社長さんのような考え方をしているので、今後、農協や農村
が株式会社ではないにしても組織化の方向へ賢明に移行して行く
ような気がします。

ただ、人間の仕事の減少は、葛貫さんがおっしゃるように、実は、
農村地域だけのことではないようで、科学技術と人間の関係の
こととして必然的に出てくるような気がしてなりません。
平和な日本では、科学技術は商品化として促進しますが、商品
は常に人の生活を楽にするということで、人から仕事と金を奪う
性質をもっているようです。結果、どんどんと人の仕事が機械に
さらわれているようです。すると、ほんと近未来には人は必要なく
なり、消費者としての存在しか求められなくなりそうです。ところが、
その仕事のない消費者には収入がないのですから、消費者にも
なることができなくなってしまいそうです。これは近未来の出来事
ではなく、今の不景気もこの現象があるような気がします。で・・・

葛貫さん:
> 都心への通勤圏にある我が家には就職活動中の子がいるのですが、
> 採用人数に対する応募人数が100倍近いところがざらで、大都市圏
> もそういう意味では人口過剰なのではないかと思われます。
>
> 中核都市が大都市化していく過程では、一時的に、農村や大都市の
> 過剰にある労働力を消化していけるのかもしれないけれど。
>
> それにしても、新卒の求人がこれしかなくて、少子化問題を云々す
> るのも何か変な感じです。生れてくる子は「消費者」として求めら
> れているとになるのかしらん(^^;。

少子化は、今の子どもを生む世代が、我が子の人間的な将来を
心配してのことで起きている可能性が、多分にある、そんな気が、
私も、していました。
 今、教育は、高度な人材を生むために高度な教育がなされ、求
められ、教育の質も人が、その教育方法を変化させる以上に速い
変化スピードで質的な変化を必要としている節があり、それに教
育は追いつかない。教師の質改善、能力変化はどうしても出来ず、
結果、保守的傾向になり、その為に、教育と実際の人材養成の間
に隔たりができ、きしみがうまれ、そのきしみが様々な問題を引き
起こしてしまうような気がします。。。
そういう悪循環環境が今の社会のような気がしてなりません。

       と、こんなことは、もう私が言うまでもなく、いろいろな人が
       懸念していることかも。。。
                            ゲンゴロウ
















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