[BlueSky: 5256] Re:5254 「環境保全」


[From] 西本 裕美 [Date] Tue, 29 Jul 2003 18:43:21 +0900

西本@こちらでは初発言です。よろしくお願いします。

> > つまり、「自然環境」には、保全や保護や救済や維持という
> > ことより、邪魔をしないというか、バカにしないというか、

 ここから連想したことなんですが。

 80年代の終わりとか90年代の半ば頃までは、環境運動をする人に対して、環境
保護とか保全とか言うのなんておこがましいとか、思い上がりだとかいう意見を
よく聞いた気がします。ネイチャー系の趣味を持ってる人などの「自分は一般人
より自然をよく知っているぞ」と自負のある人が言うパターンが多かった印象が
あります。また、その頃は、そういう人の口からそういった台詞が出ると、もっ
ともらしく聞こえたのです。

 ただ、この台詞は、開発で環境をなんとかしようとしている勢力には向けられ
ず、それを止めようとする側に対してだけ向けられるのが不思議でした。この文
脈なら、地形を変えようなんておこがましい、自然災害をコントロールしような
んて奢った行為だ、といった台詞が出てきそうなものだし、出てきて欲しいとも
思っていました。

 いつの間にかそういう意見を耳にすることも少なくなりました。人間という存
在が、実際に環境をなんとか出来る力を持っているということが認識されるよう
になったのでしょうか。環境保護・保全が一般的なことになり、特殊な人のやっ
ている胡散臭いことという意味合いが薄れ、こういったことをわざわざ口にする
機会が減ったのでしょうか。両方だと思いますが。

 以前のわたしには、この台詞は重かったのです。

 今は、保護とか保全とか言うときは、「環境を」守ることに主眼があるのでは
なく「人間から」守ることに主眼があるのだと思っています。人間から守ること
は、人間のすべきことだからです。

 色んな時間軸を念頭に置いてなお「いま」の自然を守ることを選択するという
ことは、人間にとって都合のいい自然を守るということに他ならず、どこまで行
っても人間中心主義から逃れられないと思います。エゴと言われようが思い違い
りと言われようが、人間が・人間のために・やっている行為であるということに
向き合わないと、と思います。

PS 自然環境の保護とか保全とか言うと、自然環境をコントロールするような印
  象になるから、自然を愛する人ほど拒否反応を示すのでしょう。でも、その
  本質は、人間のコントロールだと思います。

 西本 CZY00347@nifty.ne.jp


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