[BlueSky: 4875] Re:4874 環境に対する一つの考え方


[From] "suka" [Date] Wed, 19 Feb 2003 12:46:43 +0900

荻野さん 土田さん 山口さん

                      須賀です。

荻野さん:
>  この違和感は、その自然環境の中に自分(人間)が入っているか
> いないかの違いかなあ、と思いました。

確かに、ご指摘のあたっている面がすこしあるかもしれませんね。

(生物学や行政の関係者のあいだで、人間非中心の「保存」よりも
 人間中心の「保全」の考え方が主流になっていることについてです。)

ただ、きのうの僕の投稿[BlueSky: 4871]では説明が十分でありません
でしたが、もうすこし探ってみると、この問題はみかけよりちょっと複雑
な面もあるんじゃないかなという気がしています。

荻野さん:
>  あちらさんは、「自然と神の間に人間がいる」
> くらいに思っているのです。(たぶん)
>  我々のように、その自然の流れの中に人間もいる
> とは、(たぶん)思えないのです。
>
>  で、日本の科学者の方も、(たぶん)
> あちらさんの考えに沿って、仕事をしているのでしょう。

生物学の研究者であれば、だいたい進化の知識をふまえていると
思います。ですから、人間が「存在」としては進化の流れのなかで
出てきたもので、「自然と神の間」にいるわけではないと思っている
ひとが多いと思います。けれども、人間が何を基準にして「価値判断」
をし、そのことについて社会的に合意していくかについては、人間中心
に考えざるをえない、と思っているひとが多いのではないでしょうか。

つまり、人間の「生物」としての側面と「社会的合意の主体」としての
側面は、区別して考えることができると思っているわけです。

このことは、地球サミットで署名された「生物の多様性に関する条約」
http://www.biodic.go.jp/biolaw/jo_hon.html
について考えてみるとよくわかります。

この条約の締約国は、2002年12月の時点で187カ国にのぼって
います。↓
http://www.biodiv.org/world/parties.asp

そのほとんどは開発途上国です。(ちなみに、けしからんことに、
米国はまだ批准していません。確か、どこかできいた話では、
産業界の圧力があり、議会を通らないのだとか。)

開発途上国のなかには、キリスト教圏でない国々もたくさんふくまれ
ています。たとえば、イスラム圏の国々もたくさんふくまれています。
これだけ多様な文化的背景をもった国々が、この条約の内容には
合意できたのです。

開発途上国のなかには、貧しいひとたちもたくさんいますし、まだまだ
経済開発をすすめたい国もたくさんあります。

Conservation(保全)は、こんないろんな要求がぶつかりあうところで
最大公約数的に合意できる条件をぎりぎりまでさぐった結果えらばれた
ことばではないかと思うのです。ですから、当然、限界もあるでしょう。
けれども、確認できたことの意味も大きいと僕は思います。

この条約の「前文」には、次のようなフレーズがあります。

締約国は、
   (中略)
 伝統的な生活様式を有する多くの原住民の社会及び地域社会が
生物資源に緊密にかつ伝統的に依存していること並びに生物の多様性
の保全及びその構成要素の持続可能な利用に関して伝統的な知識、
工夫及び慣行の利用がもたらす利益を衡平に配分することが望ましい
ことを認識し、
   (中略)
 経済及び社会の開発並びに貧困の撲滅が開発途上国にとって最優先
の事項であることを認識し、
 生物の多様性の保全及び持続可能な利用が食糧、保健その他増加する
世界の人口の必要を満たすために決定的に重要であること、並びにこの
目的のために遺伝資源及び技術の取得の機会の提供及びそれらの配分
が不可欠であることを認識し、 (後略)・・・

また、「第八条 生息域内保全 」にはこういう記述もあります。

 締約国は、可能な限り、かつ、適当な場合には、次のことを行う。
    (中略) 
 (j) 自国の国内法令に従い、生物の多様性の保全及び持続可能な利用
に関連する伝統的な生活様式を有する原住民の社会及び地域社会の知識、
工夫及び慣行を尊重し、保存し及び維持すること、そのような知識、工夫及び
慣行を有する者の承認及び参加を得てそれらの一層広い適用を促進する
こと並びにそれらの利用がもたらす利益の衡平な配分を奨励すること。
  (後略)・・・

つまり、人間は生物の多様性とその恩恵を保全し、将来のためにも
持続的に利用しないといけない、という点で、(すくなくとも理念は)
世界のほとんどの国々が一致しているわけです。

「保存」よりも「保全」が1990年代に強調されるようになった背景に、
こういう事情があったことを知っていただけたらさいわいです。

---

野生生物の保護について、ちょっとつけくわえたいことがあります。

今、人間の影響によっておこっている生物種の絶滅のスピードは、
自然界でもともとおこっている絶滅のスピードの約100倍とか
1000倍などと推定されています。この推定値そのものにも幅が
あって、正確なところをつかむのはむずかしいようなのですが、
入手できるデータからなるべく合理的に推定できるように努力した
結果こういう数値が出てきているわけです。

ひとことで野生生物の種といっても、人間にとっての有用性が
すぐにわかるものもそうでないものもありますし、ここからただちに
それらの種の「保存」にとりくむべきだ、という結論はみちびけない
かもしれません。けれども、この大きな趨勢が、人間が自然界との
あいだの持続的な関係をいかにそこなっているかをものがたる
指標となっている、とみることはできるのではないでしょうか。
このような意味で、「保全」の考え方から種の絶滅をとらえる
ことも大事なのではないかと思います。

-----
須賀 丈(すかたけし)
長野県自然保護研究所
電話026-239-1031
Fax026-239-2929















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