[BlueSky: 4783] 養蜂・送粉昆虫と農業  Re:4780 ローヤルゼリーについて


[From] "suka" [Date] Mon, 27 Jan 2003 14:05:43 +0900

山口さん

   須賀です。

古くからこのメーリングリストに参加してくださっているみなさんは
よくご存知なのですが、僕にはどこか、ものの言い方に無防備な
ところがあるらしく、たまにびっくりするような誤解をうけることが
あります。そのことを思い出したせいで、ちょっとくどすぎる説明
をしてしまいました。おゆるしください。

このメールでは、(1)日本の養蜂の現状、(2)送粉昆虫と農業、
(3)農薬による送粉昆虫への影響について、手元にある資料で
わかることをお知らせします。

(1)養蜂の現状

日本の養蜂業の現状については、検索してみたら、このような
ホームページがみつかりました。
社団法人 日本養蜂はちみつ協会
http://group.lin.go.jp/bee/

このなかに、農林水産省畜産局畜産部畜産技術課が作成した
「養蜂関係参考資料」(平成14年10月)があります。それに
よると、

・ミツバチの飼養者数と蜂群数はいずれも、昭和35(1960)年
から平成14(2002)年までの約40年あまりの期間のうち昭和
54(1979)年にピーク(11785戸、326292群)があります。その後
これらは減少をつづけて、平成14年にはそれぞれ最盛期の
約41%(4796戸)、約54%(175281群)になっています(この
パーセンテージは須賀が計算しました)。

・蜜源植物としてあげられているみかん、くり、れんげ、りんご、
なたね、とち、その他の植栽面積の合計は、昭和45(1970)年
から平成13(2001)年までのあいだに70%近く減少しています
(このパーセンテージも須賀が計算)。

・はちみつの生産量と輸入量の割合は、平成13(2001)年の
時点で、輸入量が生産量の約15倍です(須賀計算)。主な
輸入国は中国とアルゼンチンです。

また、この協会が平成8年に実施したアンケートの結果によると、
養蜂家の年齢構成は、60歳代が32.1%と一番大きな割合を占め
ています。60歳代から80歳代までを合計すると57.6%になります。
ただし、不明や無回答が15.8%ありますから、仮にこの部分を
除外して考えれば、高齢者の割合はもっと大きくなります。平均
年齢は63.9歳です。

(2)送粉昆虫と農業

欧米では、送粉昆虫が農業生態系にとってもつ重要性とそれが
危機的状況にあるのではないかということについての議論がなさ
れています。日本でこの議論が盛んでないのは、農業が米づくり
を中心に考えられているせいもありそうです。研究者がすくない
こともありますが。

前田泰生(1993)マメコバチを利用したリンゴの授粉. 井上民二・
  加藤真編「シリーズ地球共生系4 花に引き寄せられる動物
  花と送粉者の共進化」平凡社、pp. 195-232.

は、「虫媒が必要または好ましいとされる植物(観賞・薬草・大半
の香料植物は含まれず)」として、前田(1980)から引用して、
「果実・ナッツ・野菜植物」でアンズ、イチゴ、梅、柿、カボチャなど
36種類、「採種植物」でカラシ、コーヒー、ソバ、キャベツ、キュウリ、
クローバー類、ソラマメ、大根、ナタネ、ニンジン、ネギなど のべ
58種類をあげています。

C. O'Toole (1993) Diversity of native bees and agroecosystems.
(在来ハナバチ類の多様性と農業生態系)
LaSalle and Gauld (eds) Hymenoptera and Biodiversity
(ハチ目と生物多様性), CAB International, Wallingford, UK. 所収
  pp. 169-196.

という総説があります。その書き出しの部分を訳してみます。
 (*は須賀による注記です。)

「ハナバチ類(bees)は生物多様性の危機からまぬがれているわけ
ではない。このことはわたしたちにとって深刻な問題である。人間の
食物の約30%はハナバチ類によって授粉された植物に由来して
いる(McGregor, 1976)。米国においてハナバチによって授粉された
作物の総額は、1980年の時点ではちみつと蜜蝋の約143倍で
あり、18億9千万ドル(*1ドル=120円として2268億円)と推計され
ている(Levin, 1983)。これらの授粉の恩恵は、今危機にさらされて
いる。
 Crane(1975)は、世界全体について、ハナバチによって授粉され
る作物の価格は1年間のはちみつ生産額の50倍を越えると推計
した。在来のハナバチ類(*この総説ではミツバチ以外のハナバチの
意味でつかわれている)によって授粉される作物の生産額はわから
ないし、世界の低開発地域についてはすべてのハナバチ類(*ミツバチ
をふくむ)によって授粉される作物の信頼できる生産額がない。」

このあと、ミツバチとその他の在来のハナバチ類がそれぞれどの
くらいの割合で作物の生産に寄与しているかという問題についての
議論があって、こういう記述が出てきます。

「しかしながら、McGregor and Levin (1970)によると、米国で虫媒の
穀物が栽培されてる土地の3分の2にはミツバチの巣箱が設置され
ていない。このことから、北米における穀物の授粉の多くが、飼育
下にあるミツバチによる偶発的なものか、野生化したミツバチに
よるものか、野生のハナバチによるものであることがわかる」

(*新大陸にはもともとミツバチは分布していませんでしたので、ここ
でいうミツバチは、野生化したものもふくめてすべて人為的にもちこ
まれたものです)。

世界には約25000種から30000種のハナバチ類がいるとされて
います。このうちミツバチ属(Apis)が9種で、さらにそのうちの1種
セイヨウミツバチ(Apis mellifera)だけが近代的な養蜂技術のもとで
飼養されています。日本には約400種の在来ハナバチ類がいます。
これらがどのくらい農業生産に寄与しているかは不明です。もし
何か手がかりをご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひおしえて
ください。

(3)農薬による送粉昆虫への影響

うえの社団法人 日本養蜂はちみつ協会のホームページには、
協会の事業内容を紹介したページがあります。そのなかに、
こんな項目をみつけました。

「5.ミツバチの薬剤散布による危被害防止対策
松くい虫防除また水田病害虫駆除のため散布される農薬などから
ミツバチを守るため、散布実施の事前連絡の徹底を図るとともに、
とくに広い範囲に影響が及ぶ松くい虫防除については、蜂群の退避
移動経費支給を関係当局に要望し、1977年より支給されるように
なった。」

農薬・除草剤による送粉昆虫への影響については、次の総説の
なかに20ほどの文献が引用されています。

C. A. Kearns, D. W. Inouye and N. M. Waser (1998) Endangered
mutualisms: the conservation of plant-pollinator interactions
(危機にさらされた相利共生:植物と送粉者の相互作用の保全).
 Ann. Rev. Ecol. Syst. 29: 83-112.

そのなかの特に興味をひかれた内容を書きます。

・ミツバチは殺虫剤で汚染されると、直接その毒で死んだり、
 コミュニケーションのダンスに異常がおこったり、飛べなく
 なったり、女王を殺したりする。

・花をおとずれたミツバチは、農薬やその他の汚染物質を巣に
 もちこむ。汚染されたはちみつまたは花粉から、農薬、砒素、
 カドミウム、PCBs、フッ素化合物、重金属、放射性ヌクレオチド
 (radionucleotides: 1986年のチェルノブイリ原発事故のあと)が
 これまでに報告されている。

・1969年から1978年にかけて、カナダ東部でトウヒノシントメハマキ
 (森林害虫の1種)を駆除するためにフェニトロチオンという
 農薬が空中散布された。この地域のブルーベリーの農業生産 
 は約70種の在来昆虫による授粉に依存していた。ブルーベリー
 の生産額は1970年以降おちこんだ。マルハナバチ類、ヒメハナ
 バチ類、コハナバチ類の個体数が薬剤散布された森に近い
 ブルーベリー農園で減少し、野生植物の結実も減少した。その
 後、フェニトロチオンがより毒性のすくない殺虫剤にきりかえられ
 ると、在来ハナバチ類は確実に回復する傾向をみせるように
 なった。

ということで、農薬の散布が送粉昆虫に有害にはたらくことに
よって農業そのものに打撃をあたえる場合も、まちがいなくある
といえそうです。

それではまた。

-----
須賀 丈(すかたけし)
長野県自然保護研究所
電話026-239-1031
Fax026-239-2929


 



















----- Original Message -----
From: "Masashi Yamaguchi" <coral@sci.u-ryukyu.ac.jp>
To: <bluesky@sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp>
Sent: Monday, January 27, 2003 7:07 AM
Subject:4780 Re:4778 =?ISO-2022-JP?B?GyRCJW0hPCVkJWslPCVqGyhC?=
=?ISO-2022-JP?B?GyRCITwkSyREJCQkRhsoQg==?=


> 須賀 さん、おはようございます。
>
> 私はいつも物事をストレートに言ってしまうので、しょっちゅう誰かと衝突しますが
> 悪気はありませんので、あまり気になさらないでください。ローヤルゼリーの場合
> でも、消費者が「裸の王様」にされてはいないかしらと気になっただけです。
>
> 例のサイトを紹介くださったので、一つ気が付きました。養蜂業というのは日本で
> 絶滅状態に近いのではないかという懸念です。自分でデータを調べてみたわけ
> ではありませんので杞憂にすぎないかもしれませんが、どうでしょうか。
>
> 農薬の毒性検査の項目でもミツバチに対する影響がありますが、有害昆虫を
> ターゲットにした農薬がミツバチにやさしいとは想像できません。ミツバチに
> 限らず、植物の受粉を保証する昆虫や害虫の天敵昆虫などが駆逐された場合、
> 農業は大丈夫なのでしょうか。
>
> Masashi Yamaguchi
> Faculty of Science
> Univ. of the Ryukyus
> Nishihara, Okinawa
> 903-0213 JAPAN
>
>



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