[BlueSky: 4492] Re:4490 既存事業への愛着についての喩え話


[From] Kimio OTSUKA [Date] Mon, 29 Jul 2002 09:39:35 +0900

大塚です

おひさしぶりです。

 中澤さんの 4490 の、特に前半を読んで思い出したのは、「コンコルドのあや
まち」という言葉です。これを読んだのは、進化生態学関連の文献なので、一般
的な言葉かどうかは知りません。
 この言葉は、超音速旅客機コンコルドの開発途中で、実用化してもコストがか
かりすぎて赤字が必定だとわかったときも、「これまでたくさんの費用を掛けて
きたし、ここまで進んだのだから」というわけで、開発が続行されて、結局数機
が生産されただけで大赤字のうちに終わってしまったことに因んでいるそうです。
 既に掛けてしまった費用や時間、労力のために、合理的な判断ではやめた方が
よい事業を継続してしまうことのたとえとして用いられます。進化生態学では、
研究者が生き物の振る舞いを予測する際に、陥ってはいけない過ち−−たとえば、
「この鳥はもなわばりの維持にこれだけがんばってきたのだから、今後もがんば
ってなわばりを守ろうとするだろう」と予測してしまうこと−−を戒めるために
使われます。
 自然選択がきちんとかかっている状況では、生き物は「コンコルドのあやまち」を
犯さないのに、研究者の方は間違ってしまうわけですね。

 岩波の「科学」のコラムに長谷川眞理子さんが書いていましたが、どうもヒト
はこの「コンコルドのあやまち」を犯してしまいやすいように思います。

 中澤さんの学園祭のたとえ話も、ダムもこの「コンコルドのあやまち」につな
がる心理は共通しているように思いました。ダムの場合、推進側の中には「工事
さえできればよい」ひとも混ざってくるのでしょうが・・・。

 このような「コンコルドのあやまち」は社会の、そして個々の人生のいろんな
ところで起こっているように思います。私自身の人生もこれかも・・・。


 余談ですが、私は大学が関西だったためか、学祭では「たこ焼き」をクラスで
やりました。かなりの黒字が出て、宴会をやって配当金も出たように思います。
閉店間際に安売りで在庫を一掃しようとする営業担当者と、「その値段ではプラ
イドが・・・」と渋る焼き手といったものも見られて、楽しい経験になりました。 




大塚公雄
東京医科歯科大学
久々なので補足しますが、私はお医者さんではありません。


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