[BlueSky: 4074] Re:4073 進化をまなぶ意味


[From] Ken Goto [Date] Tue, 23 Apr 2002 18:33:45 +0900

須賀さん、みなさん。
後藤@帯畜大です。

須賀さん【4073】:
> 僕のイメージでは、自然淘汰や種分化について何も書いてない生物の
> 教科書というのは、重力に法則について書いてない物理の教科書、
> 分子というものについて書いてない化学の教科書みたいなものじゃない
> かという感じがするのです。
おっしゃる通りです。

問題は、ただ、初等・中等・高等のどのレベルの教科書についての議論
なのか、という点ですね。

> 後藤さんがおっしゃっているのは、物理学を生命現象の理解にどう応用
> できるかという話のように思います(まちがっているかもしれませんが)。
> 僕の理解ではそれは中等教育のレベルとしては高すぎると思います。
> 進化について基本的な考え方をなにも教えない、というのはレベルが
> だいぶんちがう話のように思います。
この点も、全くおっしゃる通りなのです。
長谷川氏のコラム、須賀さんの問題提起のメール、どちらも、「レベル」
問題については全く触れられていなかったので、敢えて、こういう書き
方にしたのでした。

>
> > 須賀さん【4070】:
> > > 僕は長谷川氏の意見に賛成です。バクテリアにも樹にも人間にも
> > > DNAがある理由は進化を考えないとよくわかりません。そのことを
> > > ぬきにしてどうやってたとえば細胞や遺伝子のことを教えられる
> > > んだろう?
> > メカニズムの世界として十分に教えられる、と考えられます。
>
> そうかもしれませんね。ただ僕は高校生のとき、そうした教えかたで
> ならって、生物学という分野のイメージがほとんどつかめません
> でした。大学にはいって進化についてならって、はじめていろんな
> ことがつながって理解できたように思いました。

この一文や、上記の「重力、分子」の話からすると、須賀さんの念頭に
あるのは、どうやら「高校教育」の方ですね。で、以下は、高校レベル
に絞りましょう。

僕が高校生のころを回想してみるに、僕自身の場合、自然科学そのもの
について、具体的なイメージは全くといっていいほどつかめていません
でした。ようやく分かりかけたのは、恥ずかしながら、大学院に進んで、
研究の真似事を始めてから、のことです。

これを(高校生のときの僕のイメージ)、高校生レベルの知的限界とす
るか、高校の理科教育の不備とするか、、、が問題である、と僕は思い
ます。須賀さんのメールの論調からは、少なくとも後者のほうがより重
要だ、という趣旨が伝わってくるのですが、僕は両者の絡み合いをみる
必要がある、という趣旨で発言しています。

・・・↑でのエントロピーに関する須賀さんの発言から、この趣旨に須
賀さんも基本的には賛同しているはずだ、と考えますが。

さて、高校までにおける科学教育の目的には、いろいろあると思います
が、科学に対する興味をひきつけること(離さない事)と、科学的姿勢
を身につけることが、特に重要だ、と僕は考えています。

少なくともこの二点があれば、(高校を出て)世の中に出たとき、自分
でいろいろ勉強していくことができるからです。

恐らく、前者については、個人的趣味が大きく関係してくる事柄で、
「生物」に興味をひきつけられる生徒がいる反面、「物理」の方にしか
興味を示さない高校生もいます。理想的には、すべての「理科」に興味
をもてればよいのですが。

後者の点になると、しかし、どの科目の授業も「失格」なのが、現状で
はないか、と推測するのですが、どうでしょうか?高校教育が、30年
前に比べ格段と進歩しているなら話は別ですが。

・・・上述のように、30年前の、(特別にできが悪い、という事はな
かった)高校生としての個人的経験から述べています。

もちろん、現場の先生方を非難しているわけではありません。現
状の教育システムでは、後者を正課の授業で達成することは不可
能に近い、と思いますので。

> 「保証」はないかもしれませんね。保証がなくても改善できそう
> な方向には動いたほうがよい、と思います。また「暗記科目」
> であることが自動的にわるいとも思いません。
現状を改善したいという点で、↑の前半部は概ね賛成です。

ただ、高校教育のあるべき姿についてのイメージや一般的な「趣味」の
違いがあるので、改善の具体的方法論になると、大きくずれるのかもし
れません。

高校教育段階でも、基礎知識の習得は好ましいことでありますが、学問
としての体系性についてのイメージを習得してもらうことは(優秀な生
徒をのぞけば)不可能だ、と感じています。

それよりもむしろ、どのような生徒でも、理科のすべての分野に興味と
意欲をもって学べ、思考力が養成されるような、そういう教材なり、方
法が好ましい、と考えています。例えば、「生物」が暗記科目でなけれ
ば、僕も高校生のころ、意欲を持って「生物」を学んだかもしれない、
という思いが強いのです。

ところで、いわゆる「暗記」科目という言葉で表される「暗記」
とは、意味もなく覚える、というような意味で使われていると思
うのですが、、、この意味での暗期科目でもわるくはないとお考
えなのでしょうか?

以上で、一応、須賀さんと僕の間にあるスタンスの違いを考えてみまし
た。

そこで、「進化」教育に話を戻します。

少なくとも、現状でも「生物II」では「進化」と「分類・系統」あわせ
て全体の約半分の時間を割いています(手元にある教科書の場合)。し
たがって、そこに記述されているような内容(進化の要因学説など)、
高校生に理解できる、と一応判断しても良いか、と思います。残念なが
ら、中学の理科の教科書がないので、中学でどの程度教えているのか、
分かりません。

そうすると、今回の「進化」項目削減の趣旨は、教科内容の一般的削減
の一環、という点にあるのでしょうか。授業時間総数として削減されて
いるし、教材が以前より浅くなった。この一般論としては、僕は賛成で
す。ただし、よく話題に出てきた円周率を3にするような配慮はおかし
いと思います。

・・・より少ない題材をじっくり時間をかけて、というのが「暗記」を
好ましくないと考える僕の趣味です。ただし、今回の指導要領改
訂がなにを目指しているのか、まだ、勉強していませんので、御
存知の方の教えを乞いたいと思います。

とくに、高校生ともなれば、だいぶ行動力が強まります。そして、たく
さんの科学的良書が、図書館にも書店にも並んでいます。興味をもてば、
そうしたところから自主的に学んでいけるでしょう。ですから、例えば、
進化では、「生命の起源」というテーマを考えるきっかけがありさえす
れば、時間の許す限り、興味が湧く限り、いろいろと深めていくことが
できるものと思います。もちろん、興味の及ぶ範囲には個人差がありま
す。高校生の時には全く興味をもてないテーマでも、社会に出て働いた
とき、あるいは、大学で学んでいくうちに、とてもインパクトの強いテー
マになったりもします。それが、人生の晩年であっても、僕はかまわな
い、と考えています。

須賀さんが賛同された長谷川氏のコラムには【進化を抜きにすると、生
物学は、生物の部分の名称や細かいプロセスの羅列にすぎなくなってし
まう。】と、あります。しかし、前回、「メカニズムの世界としてなら」
として、軽く触れたように、「知識の羅列」になるのは、進化が抜きに
なっているからではありません。

・・・事実、現状の高校生物IIの履修者で「知識の羅列」を感じない生
徒がどれほどいるでしょうか?

暗記が強要されざるをえないシステム(知識量を問う試験制度や
教材としての知識量の過剰性)の方にこそ、原因がある、と僕は
考えます。

ただし、高校レベルで、進化をおしえるべきではない、とは考えていな
いことにも注意してください。現状でも「覚えるべき知識量」は多すぎ
るのでもっと削減したい、と考えている身からすれば、授業の総時間数
の削減という現実の中では、もっと大胆に切り捨てる必要がある、と考
えざるを得ない。その分、じっくりと一つの知識について深めてくれた
方がよい、と考えるのです。その際、どの分野を切り捨てたらよいのか、
となると、とても難しい問題だ、と思います。

以上、「ゆとり教育」の趣旨に対する具体的なイメージを理解しないで
考えました。前回の発言趣旨は、生徒のレベルを考える必要性、という
視点の提起でしたが、今回は、特に高校生レベルに絞って考えてみるに、
僕が高校の科学教育に何を期待しているのか、という視点で発言しまし
た。

大学で生物学教育を担当しているものとして、この数年痛切に感
じるのは、思考力の低下(集団の平均値として)です。そして、
大学教育の前の段階としての高校教育、というバイアスが↑の視
点には、かかっています。ただし、直接社会に出て行く人々につ
いても、↑に述べた、興味と姿勢について高校の科学教育に期待
する気持ちは同じです。


高校生に、生物学全体の視野を養成することまでは、全然求めていない
こと(或いは、それは不可能ではないか、ということ)。高校で進化を
教えるなら他の分野を切り捨てる必要があるのではないか(僕は、個人
的にはそれでも構わないと思っている:細胞、エネルギー代謝、セント
ラルドグマ、環境適応、個体発生、一気に飛んで生態系、進化、こうし
たキー概念を理解してもらうために、例えば、細胞のところでホメオス
タシスを扱い、個体のホメオスタシスを「さわり」(問題提起のみ)に
とどめるような配慮をして、知識を詰め込む必要性を抑える。)。そし
て、科学的興味を膨らませ、科学的思考力が養成されるなら、あとは自
主学習で十分ではないか:むしろ、こうした2点を培うような教育シス
テムに移していくべきではないか、と考えているのです。

グローバル、ローカル、進化の関係性の御説明、有難うございました。
これについては、また機会をあらためて考えたいと思います。


後藤 健
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生命を考える http://www.obihiro.ac.jp/~rhythms
帯畜大 生物リズム学 Phone (& Fax): 0155-49-5612


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