[BlueSky: 3957] Re:3937 教育の多様化


[From] "suka" [Date] Mon, 25 Feb 2002 18:58:55 +0900

佐藤@ミシガンさん 葛貫さん 佐川さん

    須賀です

佐藤さん:
> 教育は人的資源しかない日本の”かなめ”になるはずなのに、

> ・・・・でも、やっぱり、後追いでも良いから、お役所が作っている
> 枠組みを変えていく必要があるでしょうね。特に大学教育は、内から
> 変わることを期待できないですから。

葛貫さん:
> 学生時代にドイツ語の先生が、「専門家と、そうじゃない人の違いって
> 何だと思う?」と問われたことを思い出しました。
> 専門家は、何を調べたり、誰に尋ねたりすれば、自分の欲している答えに
> 近付けるか、アプローチの仕方を知っている人だ、というのが答えでした。

佐川さん:
> それと、地方では、生徒数の減少を期に、一クラス30人の
> 小規模学級を実現させるために先生の増員を決めたところも
> あります
>
> 日本の学校も一様ではないです

最近、たまに時間をみつけて少しずつよんでいる
辻信一『スロー・イズ・ビューティフル』2001年、平凡社
という本のなかにでていた米国のある大学のことを思い出しました。
(タイトルのいうとおり、「スロー」によんでいるので、まだ
 最後までよみおえていないのですが)

著者の知り合いで長野県伊那谷にすんでいるというダグラス・ファー
というひとの話です。

「大学で経営学を専攻、修了したところで、サクラメント州立大学
に初めての環境学の学科が開かれることを知った。ダグラスを
はじめ、後にエコロジストの第一世代と呼ばれることになる知の
パイオニアたちが米全土から集まった。そこでの教育は斬新な
ものだった。工学から生物学まで、多彩な専門家たちによる講義
の中からひとりひとりが必要なものを選んで、自分自身のプログラム
をつくる。教授たちも『教師』というよりはディレクター的な役割に
近く、『自分自身にもわからないことだが、一緒に勉強しよう』と
いう姿勢をもっていた。
 ダグラスのモットーである”ラーン・バイ・ドゥーイン(やってみる
ことで学ぶ)”は、この時期の経験からきている。論文を書くだけで
なく、ソーラー・エネルギー、森林学からガーデニングまで、いろいろ
なプロジェクトに取り組んだ。」

こんな学科があったら僕も勉強してみたいな、と思います。
日本にはないのかなあ。「工学から生物学まで」だけじゃ
なくて、環境法・環境政治・環境社会学・文化人類学・
民俗学・環境史・エコアートなどの「文系科目(?)」も
あったらもっとすばらしい。自分でプログラムをつくると
いうのですから、そこを出たというだけでは何の保証にも
ならない、そこで自分が何をみにつけたかが大事になる
わけですよね。よく似た発想でつくっても、日本は米国
とはちがう面が社会のなかにあるから、おのずと独自の
ものができるのではないでしょうか?





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