[BlueSky: 366] Re:227 遺伝子組み替え食品について


[From] Minato Nakazawa [Date] Mon, 09 Aug 1999 17:46:38 +0900

中澤です。こんにちは。
遺伝子組み換えによる病害虫防除の有効性についてのフォローです。

中澤[203]:
>遺伝子組み換え食品の問題点については,以前紹介したPSRASTという
>団体による10項目のまとめ(http://www.psrast.org/decl.htm#scifacts)
>があります。項目だけ列挙しておきますと(私訳),
>
>1) 遺伝子工学は基本的に育種と異なる。
>2) 今日の遺伝子工学は技術的に未熟である。
>3) 予期しない,新しい物質ができてしまうかもしれない。
>4) 完全に信頼できる安全性評価方法が存在しない。
>5) 安全性評価の現在のルールは,ひどく不適当である。
>6) 高度に発展した遺伝子組み換え食品は,人間にとっての重要性をもたない。
>7) 生態的影響についての知識がきわめて不完全である。
>8) 新しい,危険な可能性があるウイルスが出現するかもしれない。
>9) 遺伝物質,DNAについての知識は,きわめて限られている。
>10) 遺伝子組み換えが世界の飢えを減らす助けになるだろうという主張は,
> 科学的証拠によって支持されていない。

小宮さん[227]:
> でも、(6),(10)は確かに危機感を感じます。今の遺伝子組み替え技術
> は、結局のところ企業利益にしか結びついていないように思えます
> (企業としては当然でしょうが)。除草剤耐性や害虫耐性等は大量生産
> を行う企業にとってはメリットがあるでしょうが、それによって栄養
> が向上するわけでもなく、かえって残留農薬等の問題が残ります。
#残留農薬は,またちょっと問題が違うと思いますが。
Natureの8月5日号に,遺伝子組み換えを行った綿花が産生するBt毒素
に耐性をもつようなpink bollworm(蛾の一種)が広まっていると
いう論文が載っていました。遺伝子組み換えを行おうと,新しい
殺虫剤を撒こうと,所詮,害虫や病原体との鼬ごっこであることに
変わりはないので,害虫の方の進化速度が速ければ無意味になって
しまいます。Bt毒素産生植物の作付け面積が広いことは,耐性
害虫の頻度を上げる淘汰圧として作用するので(生き残った耐性
害虫同士が出会って子孫を残す確率が上がるため),結果的に
害虫の進化速度(耐性遺伝子の固定確率)を上げることになり,
この鼬ごっこに勝ち目は薄そうです。

それならば,害虫撲滅は諦めて,共存の道を探る方が有望なの
ではないか,とぼくは思ってしまいます。ヒトの病気でも,
マラリア原虫のように進化速度が速いものについては,撲滅
から制御へと対策が変わってきています(ただし,ワクチン
開発による撲滅が完全に諦められたわけではありません)。
病原体は,宿主とのつきあいが長くなるほど,弱毒化する傾向
にありますから,新しい淘汰圧をもたらすのはやめて放って
おけばいいと思うのですが。
#農業の専門家の方からは甘いと叱られてしまうかも?

この話題に関連してnews & views欄で引用されていますが,
5月20日号には,Bt毒素を産生する遺伝子組み換えを行ったトウモ
ロコシの花粉は,その毒素の標的ではなかったオオカバマダラ
(渡りをするので有名な蝶の一種)の生存率をも下げるという
論文が載っています。これからすると,Bt毒素を産生する遺伝子
組み換えは,前に挙げた(7)の問題(生態的影響)にも抵触する
ことになります。

ただし,Natureの7月1日号には,Florence Wambuguという人が
書いた,「なぜアフリカは農業生物工学を必要とするのか?」
という記事(pp.15-16)も載っています。この記事では,英国人が
狂牛病によって遺伝子組み換え食品に過敏になったことは(タン
パク質の経口摂取で感染するというのですから,PSRASTの(3)(8)
を考えたら,遺伝子組み換え食品を拒否したくなるのは当然なの
ですが)根拠が乏しいとされ,ヨーロッパが心配する"Terminator
Technology"(遺伝子組み換えされた有用植物に種ができないよう
にして,主として米国の種会社から種を買い続けなければ農業が
できなくなるようにする技術)は単なる構想であってアフリカなど
に向けて輸出されるという根拠はない,と遺伝子組み換えを擁護
しています。アフリカが新しい技術を必要とする論拠としては,
25%の食料を輸入に頼っていることと,アフリカの土地生産性が
低いこと(トウモロコシでいうと,年平均収量が1.7 t/haで,全
世界平均の4 t/haに比べて低く,これが主にMaize Streak Virus
というウイルスによること)を上げ,種が多国籍企業に占有され
るのを防ぎ,地域組織が遺伝子組み換え技術の発達とその利益に
参与すれば,南北問題の拡大にはつながらない,と論じています。
だから,アフリカでの遺伝子組み換え植物は,需要ベースで行わ
れているのだ,と。

これが本当だとすると,(10)は否定されることになりますが,
ここには2つの問題があります。

病害虫との鼬ごっこに負けてしまうのであれば遺伝子組み換え
を推進したところで収量増にはつながらない可能性があること
が1点,さらに,Wambuguさん自身も暗に認めているように,
適切な運用が確保されないと新たな南北問題につながることが
第2点です。従って,Wambuguさんの論理には,やや脆弱な点が
あると思います。

以上の考察から,現時点でのぼくの結論としては,遺伝子組み
換えすべてが問題ではないにしても,組み換えによる病虫害防除
には問題が多いということになります。他の方の意見もお聞きしたいです。

=====
Minato Nakazawa, Ph.D. <minato@sv3.humeco.m.u-tokyo.ac.jp>
Department of Human Ecology, Univ. Tokyo
[WEB] http://sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/~minato/index-j.htm


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