[BlueSky: 3211] Re:3210 ブッシュ政権、京都議定書不支持


[From] "gengorou" [Date] Wed, 4 Apr 2001 00:33:06 +0900



青空MLのみなさん、こんばんは。ゲンゴロウです。
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小宮さん、こんばんは。
文章が稚拙で分かりにくいと思いますが、読んでください。
まだ、頭の静養中ですが、ちょっと書けたので出します。

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「環境」と現在の「人間の活動」とは、確かに矛盾してます。
人の活動は「拡大の方向性」があるのに、自然環境は有限な
ので当然です。しかし、この考え方には、人間を環境の中に
置いて一つの生物と考える見方があります。ところが、事実
は、もう人間という生物は他の動物とは違う存在で、自然を
破壊する張本人です。それは、「破壊」という観点では、自
然にとっては神ならぬ、その逆の悪魔的な存在になってます。
つまり人間の活動の方向を、もしも悪魔から神の方向に変え
るなら、人間は、自然に対して神的力も備えた存在であると
認識しなければならないのではないでしょうか。
 この考え方に違和感を持つ方々も確かに多いのですが、そ
の違和感は、人間が自然に対して「破壊」という面を感じて
の感じ方だと思います。もし、人間の活動の方向が環境破壊
ではなく環境保全に向いたなら、破壊以上の力はないにして
も、その方向性に対しても、その力はかなりの存在になるよ
うな気がします。

 ということで、産業競争の方向を環境保全の方向に向け
たなら、決して環境と産業・経済活動とに矛盾を起こさな
いことも可能なのではないでしょうか。

問題は、その方向性を人や国家などに持たせることになり
ます。アメリカという国家の方向性が、どうも環境を考え
ていない経済競争を未だにしているので、突然、その方向
性が変わるとアメリカの体質(精神)に関わるような気が
します。
つまり、今までの競争において、あるルール(資本主義=
環境無視の方向)で先端を走っているから先頭なのに、
ルールを変えて、「ゴールは違う方向」と決めたら、もし
かするとビリッケツになってしまいかねないからで、国民
をその方向に走らせるのは、国民の根本の考え方を変える
ことになり、先頭を走ってきたからこそ、難しいのではな
いかと思ってしまいます。

環境と経済行為の矛盾は、そういった所にあるのであって、
本質的には矛盾していないのかもしれません。

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genngorou


















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