[BlueSky: 321] 子どもをもちにくい社会 Re:317 & 297


[From] Minato Nakazawa [Date] Fri, 06 Aug 1999 15:00:18 +0900

中澤@東京大学人類生態です。
葛貫さん,長峰さん,後藤さん,青空MLのみなさん,
こんにちは。

葛貫さん:(改行位置は変えてあります)
> 見通しが暗い時代に生まれる子供は可哀想と言って、子供を産まない選択をした
> 同世代の友人が何人もいます。

後藤さん:(改行位置は変えてあります)
> 僕が思うに、「可哀相だから産まない」というより、「大変だから産まない」
> という方が率としては高いんじゃないでしょうか?

長峰さん:(改行位置は変えてあります)
> そう思います。でも、大変だから子供を作らない人は、生物的には淘汰される
> 対象と考えていいのかな?今1人目と2人目が認可保育所に行っていますが、市
> に納める保育料が値上がり続け、8月についに10万円を突破してしまいました。
> 子供が作りにくい社会も淘汰されていくのでしょうけど。

ぼくも,可哀想だから産まない,とまで考える人は少数派だと
思います(もちろん,葛貫さんの発言の主旨がこの文脈にない
ことは承知しています)。「子どもが作りにくい社会」という
ことに問題を一般化させてもらいます。

大変だから,の中には,経済的負担が第一でしょうけれど,他
の要因も含まれると思います。地域社会の崩壊によって育児が
しにくくなっていること,とか。人口学では,「出生力転換」
と呼ばれる,多産から少産への社会的変化の原因について,
いろいろな議論がなされています。
長いので全文をMLに流すわけにはいかないのですが,
http://sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/~minato/demotran.html
に簡単なまとめがありますので,詳細はそちらをご覧ください。

このレビューの最後に,進化心理学モデルについての説明を
書きましたが,ぼくは,この説明はかなり的を射ていると
思っています。簡単に言えば,「子どもを残すことへの最適化
でなく,1人当たりの物質的豊かさに向かっての最適化」が
起こってきた結果,子ども数が減少してきたという仮説です。
これからすると,必ずしも長峰さんのおっしゃる方向での
淘汰がかかるとは限りません。

もし,これが物質的豊かさでなく,精神的豊かさも含めた,
全人的な豊かさへの進化であれば,もっと子ども数が増える
のかもしれません。そういう社会的価値観の変化を起こすこ
とは可能でしょうか? もちろん,そんなに子ども数が増えなく
たっていいんですが,子どもをもちにくい(生みにくい/育て
にくい)社会というのは,何か不健全な気がします。

ちょっと話が抽象的になったので,もう少し身近なデータに
戻します。国立社会保障・人口問題研究所では,出生動向基本調査
というのをずっとやっていまして,日本人の結婚と出産に関する
意識の変化は,かなり定量的に調べられています。
http://www.ipss.go.jp/Japanese/doukou11/doukou11.pdf
例えば,第11回調査の夫婦調査の結果が上記pdfファイルとして
公開されていまして,Adobe Acrobat Readerをダウンロード
してインストールしてあれば,誰でも無料で読めます。

このp.18に,「理想子ども数」(夫妻が理想的な条件のもとで
何人の子どもをもちたいか)よりも「予定子ども数」(現在の
見込みで何人の子どもをもつつもりなのか)が少ない理由を
尋ねた結果が載っています。「子どもが作りにくい」理由を
反映するものと考えていいと思いますが,全年齢層を合わせた
集計結果からすると,その理由は,多い順に,
1)一般的に子どもを育てるのにお金がかかるから(37.0%)
2)子どもの教育にお金がかかるから(33.8%)
3)高齢で生むのはいやだから(33.5%)
4)これ以上,育児の心理的・肉体的負担に耐えられないから(20.8%)
5)家が狭いから(13.4%)
6)子どもが生めないから(13.1%)
7)自分の仕事(勤めや家業)に差し支えるから(12.8%)
などとなっています。1)は行政しだいで解決できそうですし,
厚生省はその方向で動いていると思います。長峰さんの保育料10万円
にはびっくりしました。給料の差もあるでしょうが,自治体間格差も
大きいですね。ぼくも東京から長野に転居して,子ども2人の保育料
が大幅に値上がりしました。それに比べると,2)は難しい問題で,
公教育機関の授業料を値下げしたとしても,今のままの受験システム
が変わらない限り(ということは,それを支える社会システムが
変わらない限り),予備校や学習塾や補助教材に金をかけたがる親は
減らないだろうと思われるからです。その意味でも教育改革は大事
だったと思うのですが,中教審とかどうなったのでしょう? まさか
飛び級を認めたとかが成果ではないですよね。国旗国歌の法制化より
も大事なことがあるでしょうに。
#最後はちょっとグチっぽくなりました。すみません。

原因についても,解決策についても,結論めいたことはいえない
のですが,考えるための資料提供と思っていただければ幸いです。

=====
Minato Nakazawa, Ph.D. <minato@sv3.humeco.m.u-tokyo.ac.jp>
Department of Human Ecology, Univ. Tokyo
[WEB]http://sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/~minato/index-j.htm


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