[BlueSky: 3159] Re:3158- ミーム


[From] "SUKA, Takeshi" [Date] Mon, 19 Mar 2001 18:20:47 +0900

後藤@帯畜大さん みなさん

   須賀です。

後藤さん、ありがとうございます。長くなりますが、
いいたいことがいろいろあるので(笑)。この話題に
興味のある方はよんでください。

須賀:
> > もう一点、ドーキンスの本への批判が、まじめな行動
> > 生態学者(そのなかには立場のよわい大学院生など
> > もふくまれる)への政治的なハラスメントへとひろがる
> > ことを僕は懸念しています。

後藤さん:
> それはないでしょう。
> 僕はこれまで行動生態学の枠組みについて批判したことは一度もありま
> せんよ。

後藤さんがそうされていうようにうけとられたのでしたら
おゆるしください。ただ、そういうハラスメントは実際に
あるとをきいたことがあるもので、気になったのでした。
もっとも僕は被害を受けた側の話をきいただけですが。

後藤さん:
> あと、何度も述べるように、日常社会と接点をもつ言葉を特殊な意味合
> いで用いたわけでしょう?その用法がうまく(?)ヒットして、多大な
> る関心をひきつけたわけでしょう?でも、それが一つのイデオロギーを
> 作りうる領域であることは須賀さんは充分ご存知でしょう?酒の肴にし
> て遊ぶ分にはいいのですが、それを超えた力をもっていることは、この
> 間のスレッドでも明らかですしね。そうしたことを避ける責任が学界に
> はある、と僕は思っています。そして、その責任を果たす一歩は、行動
> 生態学学界内部での用語法の再検討ではないか、と思っているわけです。

なるほど、よくわかりました。自己弁護とうけとられたくは
ないのですが、僕自身は「利己的」「利他的」という表現が
実際には何を意味しているかを説明してきましたが、人間の
行動について誤解をまねくようなかたちでそのことばを自分
の「地」の表現としてつかうことはしないように気をつけて
いるつもりです。これもひとつの判断ではないでしょうか。

須賀:
> > 『利己的な遺伝子』は一般向けの本ですよね。ウィリアムズの
> > 批判やハミルトンの理論をわかりやすく面白いたとえをつかって
> > 説明するというのがドーキンスの意図だったのではないでしょうか。
> > 僕は大学生のときそのようにしてこの本を紹介されました

後藤さん:
> それは違いますね。
> 淘汰原理にしたがう自己複製子と、その乗り物で「しか」ない生存機械
> という枠組みを与えたこと、そして、これまでの個体を単位とした淘汰
> から遺伝子を単位とした淘汰という枠組みを徹底させたこと、さらに、
> ミーム概念を導入することによって、文化的進化を生物進化のアナロ
> ジーによって研究することを可能(であるかのように、か?)にしたこ
> と、が主な「功績」として印象に残りました。

後藤さんのご指摘の側面は、一面の事実ではありますが、すべて
ではありません。ですから断定されると事実に反することになり
ます。僕はもうひとつの側面に注意を喚起したいと考えたのです。

ドーキンス自身、『延長された表現型』や『利己的な遺伝子』の
1989年版へのまえがきで、ネッカー・キューブという立方体の
絵を出してこのことを説明しています。同じ事柄でも見方によって
ふたつのちがったみかたでみることができると。個体中心の
自然淘汰の見方を、ドーキンスは決して否定していません。

「私がいいたかったのは、自然淘汰に二つの見方があるということ
だ。遺伝子からの見方と、個体からの見方と。正当に理解するなら、
それらは等価である。」

また1976年版へのまえがきにはこうあります。

「けれどエソロジーは最近、常識的にはエソロジーに関わりが
あるとはみなされていないところからきた新鮮なアイデアの侵入
によって活気づけられてきた。この本は大幅にこのような新しい
アイデアを基盤としてできあがっている。その発想者たちは、
本文のしかるべき場所で名をあげてあるが、とくに記すべき
人々はG・C・ウィリアムズ、J・メイナード・スミス、W・D・
ハミルトン、そしてR・L・トリヴァースである。」

さらに本文にはこういう箇所があります。

「その前に、進化をながめる最良の方法はもっとも低いレベルに
おこる淘汰からみることだ、という私の信念について述べなけれ
ばならない。この信念について、私はG・C・ウィリアムズの名著
『適応と自然淘汰』から大きな影響をうけた。」

これらのことから考えると、ドーキンスが利己的な遺伝子という
表現を、G・C・ウィリアムズ、J・メイナード・スミス、W・D・
ハミルトン、R・L・トリヴァースらが中心となって発展させた
アイデアを表現するための用語としてもちいていることもまた、
疑うことのできない事実だと僕には思われます。だとすれば、
後藤さんが問題にされた「利己的」とはどういう意味か? と
いう問題にこたえるには、それらのもとのアイデアにさかのぼって
考えるのが理にかなっているのではないでしょうか。このこと
と切り離して、日常的な意味とのつながりだけを問題にしたのでは、
あきらかに不十分ですし、誤解をとくことにも役立ちません。

以上のことを考えると、以下の後藤さんのコメントは、ドーキンス
の本の内容を評価するときにも重視しなければならない観点である
ことがよくわかります。

後藤さん:
> ものを見るとき、一側面だけを捉えて、それを全面的な結論とし
> て使う、という行為も恣意的です。

いかがでしょうか?

須賀:
> > 「学習」でなくて「知能」にもとづく行動です。
> > 単にひとまねや過去の経験にたよるのではなく、
> > 新しい状況ですじみちをたてて問題の解決をおこなう
> > ということです。知的な「創造」もそのにはふくまれる
> > でしょう。

後藤さん:
> なるほど、技術や、芸術、文学的創造、すべてを含んでいるわけですね。
> それならわかります。
> ・・・蛇足ながら、犬だって、筋道を立てて問題の解決をおこなってい
> る、と思いますよ。猿なら、なおさらでしょう。

そうでしょうね。こんなことまで詮索しはじめたらきりがないくらい
いろいろあるでしょう。ドーキンスの本でなくとも。

須賀:
> > 後藤さんは「反逆」ということばがおきらいなんですね。

後藤さん:
> いえ、そのようなことは断じてないですよ。
> ドーキンス思想に反逆してきたでしょう?

(笑)。ちょっとこれは「挑発」しすぎたと反省しております。
僕自身は、ドーキンスの本の表現をあげつらうなんてことは
生物学者ならだれでも思いつくことだと思うので、それへの
反抗心があたまをもたげてしまったのでした(笑)。

> 識さん【3154】:
> > ダーウィンさんと違って、ドーキンスさんやグドールさんは、ウォーレスさん
> > と同じように敬虔なクリスチャン(宗派は知りませんが)であることを無意識に
> > 表明しようとしているような気もするのですが‐‐‐

後藤さん:
> はい。「この地上で唯一われわれだけが、、、」という言い回しに、僕
> も、ことさらに人間を崇高なものしてみる姿勢を感じました。ドーキン
> スは無神論のはずですが、キリスト教風土の中で育ってきたわけですか
> らね。そういうみかたが刷り込まれていても不思議ではない。これは、
> 仏教的風土の中で育ったものからすると、この一節に違和感を感ずると
> いうことと全く同じですね。ただ、前にも述べたように、後者の風土は
> 学校教育の「おかげで」だいぶ弱くなっていると思いますけど。僕自身、
> 人間=崇高的なイメージを持っていた時期もあります。

この話題については個人的にやや複雑な感慨があります。僕は
小さい頃は聖書を文字どおり信じていました。思春期のころ、
その教えに対する疑問が生じ、実存的な煩悶にくるしみました。
そのころ、京都学派の生態学・人類学に出会って一気に視野が
ひらけ、さらにそのあとダーウィン的世界観にも出会ったわけ
です。現在、僕は人間=崇高的なイメージをもっていませんが、
その文化の重圧はなんとなくわかるような気がします。仏教に
も興味はありますが、これは意識のすすんだ?欧米人が仏教に
好意をもつのににたところがあるかもしれません。身体的には
日本人ですが、これは外国人がキモノをきているようなところ
があるのかもしれないなあ、などと冗談混じりに思うことが
あります。ただ、こういう個人も現在の日本文化の多様性の
一角を形成していることを知っていただければさいわいです。

後藤さん:
> この点での意図はお互い同じようですね。ただね、ドーキンス思想と行
> 動生態学とは違うでしょう?行動生態学の「健全な」発展に貢献すると
> いうことと、ドーキンスの本を擁護するということとは全く別ですよ。
> 別というより、僕の考えからすれば、↑の二つは長期的にみれば相反す
> ることであるとさえ思っているのです。

おわかりいただけると思いますが、僕の意図は、ドーキンスの
無条件な擁護ではありません。個別の論点についていきすぎた
非難に異議申し立てをしたいと思っただけです。ご説明しまし
たように、ドーキンスは人間行動について「生物学的決定論」
とははっきり異なる立場を最初の本から表明していますので、
その事実に即した批判をおこなうのでなければ、そのような
批判は論理的にも倫理的にも支持できない、と思うのです。

ありがとうございました。
Takeshi SUKA
Nagano Nature Conservation Research Institute (NACRI)
E-mail: suka@nacri.pref.nagano.jp


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