[BlueSky: 314] RE:312 Re:310 RE:307


[From] "Noriaki Ikeda" [Date] Thu, 5 Aug 1999 22:51:10 +0200

後藤さん、皆さん、こんにちは、
ドイツ、フライブルクの池田です。

後藤さん:
>今問題にしている初等環境教育は小学校高学年生を対象にしたものであり、
>そのときには既に、算数の落ち零れが大量に出ているはずだという前提で僕は話
>しています。

申し訳ありません。私が後藤さんの文章を読み間違えていました。
後藤さん(307):「算数そのもののオチコボレが2,3年生のうちに続出する
でしょう?」
を「2,3年のうちに続出するでしょう。」と読んでいました。
いい訳になりますが、夏過ごしやすいはずのフライブルクも最近日本の夏のように
蒸し暑くて頭がボーッとしていました。失礼しました。

後藤さん:
>さて、算数は計算問題を解くだけの教科ではないと思います。僕も、結構、頭を
>こねくり回して、問題を解いた記憶があります。初等幾何など論理的思考力を培
>うのにとても相応しい分野だと思いますが、違うのでしょうか?

私が「計算問題を解くばかりの算数」と書いたのは、ちょっと極端すぎた言い方だ
ったと思います。確かに、算数で、論理的思考を培うこともできると思います。た
だ、私が受けてきた教育では、間違わずに速く計算すること、大部分はそれができ
るかできないで、評価が決まっていました。論理的にゆっくりと考える時間、きっ
かけはあまり与えてもらえなかったきがします。中学高校と進むにつれて、計算力

成績
という図式はどんどん強まっていきました。九州の質実剛健、男尊女卑の風土の中
で教育を受けたので、そうだったのかもしれません。「つべこべ言わずにだまって
言われたことをしろ。」「ぺちゃくちゃしゃべるのは女、男は黙って勝負しろ。」
こういう事を毎日のように言う先生もいました。今考えれば、何という特種な環境
だったのだろう、と思います。私が義務教育を受けたのはそれほど昔ではありませ
ん。12、3年前です。今どうなのかはわかりませんが。皆さんはどうでしたか。

同じ環境の中でも人によって受け取り方、吸収のしかたは違うと思いますが、私の
場合、
算数、数学の勉強では、「問題を速く正確に解く」という圧力が大きすぎて、そこ
で嫌悪感を覚えてしまい、理解するというところまでなかなか到達できませんでし
た。

後藤さん:
>もちろん、算数だけが論理的思考力の訓練になる、といいたいわけではありませ
>ん。ただ、現行の小学校教育の成績評価システム、知識詰め込みシステム、画一
>的正解システムなどの中では、教科学習より、遊びの方が有効だろう、と本気で
>思っているわけです。

>・・・自然の中、あるいは人間関係の中で天衣無縫に遊ぶことが創意工夫の力を
> 育む源泉になるし、また、自然の中、人間の中で(といっても狭い世界で
> すが)「楽しく生きる(遊ぶ)」ために自分はどうしたらよいか、思考を
> 積み重ねる大切な過程であろう、と思うわけです。何度も言うように、こ
> のプロセスが極端に不足しているのが現代の日本のこども、だと思うので
> す。

後藤さんの意見に賛成です。子供たちは、遊びをとおして、想像力を養い、人との
付き合い方を学び、自然を感じ理解し、自分の得意分野を発見していくのだと思い
ます。

池田憲昭

Noriaki Ikeda
Peterbergstr. 31
79117 Freiburg, Germany
tel/fax. 0761/4002053
email. ikeda@uni-freiburg.de


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