[BlueSky: 3108] Re:3107 ミーム


[From] "Y.Kuzunuki" [Date] Wed, 14 Mar 2001 10:36:17 +0900

葛貫です。

須賀さん:
> > そうだと思いますよ。このことばはもともと、動物行動学的にみて
> > 人間の社会行動には模倣にもとづく文化の伝搬が大きな役割を果た
> > しているということを説明するためにでてきたのでしたよね。

広木さん:
> 私のメールの意図はまさにこのへんでしたが。
> 主体は人間(生物)個体にある事を認識していただければ..

主体である個人の自由意志は、その時・その場で主体が五感を
用いて認識した情報が、それまで得てきた経験、知識に照合され、
意味が与えられ、重要さの順位付けのようなものがなされ、最終
的に「私が意志した行動」として現われるように思われます。

自由意志の自由度は、知識の量や多様性、重要さの順位付けの
パターンをどれほど持っているかにも依存するわけで、与える
情報をコントロールすることにより、誰か/何かが与えた限ら
れた選択肢の中から主体の自由意志により選ばせることもできる
のだということを、心に留めておいた方がいいのかもしれないと
思われます。

科学の領域ではないけれど、現に「ミーム学」のようなものが
出現しており、ジーンのアナロジーのミームという概念を用いて
政治や企業関係者が、メディアを通して他者を効率良く繰る戦略
をたてている。また、遺伝子がセントラル・ドグマというかたち
の確固たる機構により複製されるように、印刷、電話、ラジオ、
テレビ、ファックス、インターネットと、ミームの忠実度、多産性、
寿命を増すような複製機構も発達してきているわけで。

#ゲンゴロウさんは、「主体の自由意志」と言われるものの怪しさ
#のようなものについて、考えていらっしゃるのでは。
#情報を繰れる人の場合、自由意志を持っていると思い込んでいる
#自分を外側から見ているもう一人の自分みたいなものがいないと
#本当に「自由意志」なのかどうか、よくわからないのでは、
#と思ってしまうのですが。

ざっと目を通しただで、丁寧に読み直さなければ、と思っているの
ですが、「ミーム・マシーンとしての私 上・下」という本
(スーザン・ブラックモア著、草子社)に書かれていた
*************
私は何をしているのか?私はあたかも選択を迫られている--私の
科学的な理解に照らして私はどのような生き方をすべきか決めな
ければならない--かのように感じている。そして、もし私が遺伝子、
表現型、ミーム、およびミーム複合体からなる一時的な集合体以上
の何ものでもないとすれば、どのようにすればいいのか?
*************
という問いが、心に残りました。

では。



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