[BlueSky: 2685] Fw:[evolve:7896] Nettle & Romaine 2000 "Vanishing Voices" (2/2)


[From] "Y.Kuzunuki" [Date] Tue, 26 Dec 2000 14:47:34 +0900

葛貫です。

三中様の"Vanishing Voices"の書評の後半部分を転送させて戴きます。

----- Original Message -----
送信者 : "MINAKA Nobuhiro" <minaka@affrc.go.jp>
宛先 : <evolve@affrc.go.jp>
送信日時 : 2000年12月26日 0:40
件名 : [evolve:7896] <Review> Nettle & Romaine 2000 "Vanishing Voices" (2/2)


EVOLVE reader 諸氏:

三中信宏(農環研← PPP from 高崎)です。

書評の後半部分です。

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【書名】Vanishing Voices: The Extinction of the World's Languages
【著者】Daniel Nettle and Suzanne Romaine
【刊行】2000年
【出版】Oxford University Press, Oxford
【頁数】xii+241pp.
【価格】US$ 19.95
【ISBN】0-19-513624-1 (hardcover)
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本書の後半は「社会言語学」的な記述に重点が置かれる。この分野
では、すでに日本語で読める著作が多くあり、『地球語としての英
語』(D.クリスタル著,みすず書房,1999年)は、現在“the
global village”の事実上の“lingua franca”となっている英語
の観点から言語使用の問題について論じたものである。またヨーロ
ッパにおける少数言語の現状を概観した『現代ヨーロッパの言語』
(田中克彦・H.ハールマン著,岩波新書[黄292],1985年)、
そしてアメリカ・インディアンの絶滅[危惧]言語を記録した『滅
びゆく言葉を追って』(青木晴夫著,岩波・同時代ライブラリー33
1,1998年)と『イシ:北米最後の野生インディアン』(T.クロ
ーバー著,岩波・同時代ライブラリー)は、本書“Vanishing
Voices”とほぼ重なるテーマを軸として書かれている。

ただし、私が読後感では、【言語】を【生物】と同列に扱い“生物
言語多様性”という統一的視点から論じたという点で“Vanishing
Voices”には類書とは異なっているようだ。本書を読んだ保全生物
学者が、その論議の進め方や視点に対して多少なりとも親近感を抱
くとしたら、本書の著者たちの基本的主張は外れてはいなかったと
いうことになるだろう。

さて、第5章は、農耕技術をもった民族が採集最終狩猟民族と接し
たときに生じた生物言語多様性の喪失を論じる。採集狩猟社会では
言語は分化するが(p.103)、いったん農業をもった民族が外から
到来すると、その民族の言語に同化してしまうケースが多い(p.11
0)と著者らは指摘する。実際、農耕技術の「波」が押し寄せてこ
なかった地域−東南アジア・アフリカなど−では、言語多様度が高
く維持されていると言う(p.125)。この章については、J.ダイ
アモンドの『銃・病原菌・鉄』(草思社,2000年)に詳述されてい
る内容が参考になる。

第6章のテーマは、農業の「波」と連動して押し寄せてくる、経済
の「波」が言語多様度に与えた影響である。言語が失われる大きな
要因の一つは、話者コミュニティによる「言語シフト」である。本
章では、言語シフトの要因として、経済の「波」の影響を挙げる。
使用言語が、話者の経済的ランクと連動するとき、優位に立つ「メ
トロポリタン言語」とそれ以外の「周辺的言語」という差異が生じ
る(p.128)。その結果、メトロポリタン言語への同化による言語
多様度の喪失が見られる。実例として挙げられているのは、ヨーロ
ッパのケルト語群の年代的退潮である(pp.133ff.)。

続く第7章では、「なぜ生物言語多様性を保全しなければならない
のか?」という疑問に答える。著者らは、言語の衰退は放置しても
かまわないとする【傍観派】(benign neglect: p.153)を批判す
ることにより、この疑問に答えようとする。典型的な傍観派は:
・ 言語は人間がコントロールできないシステムである
・ 言語を選ぶのは経済的規準に基づく話者の自発的選択の結果で
ある
・ 先進国が発展途上国の言語状況に口出しすることは僭越である
と主張する。

著者らは、この傍観派の主張に対し、話者による言語選択は決して
自発的ではなく、むしろ経済的に追い込まれた上でのことである点
を指摘し、言語多様性と経済的発展とを両立させる道があり得ると
反論する(pp.154-155)。すなわち、sustainable development を
実現する「唯一の方法は、われわれの行動を変革することである」
(p.158)と言う。どのように変えればいいのか?−それは「現地
の知識体系」の有効利用にほかならない(p.166)。ローカルな環
境を熟知しているのは、そこに長年にわたって生活してきた現地人
であり、それは現地語でコード化された知識体系に表現されている。
民族分類学の古典的事例として有名なフィリピンの Hanunoo族など
の知識体系を例に取りつつ(pp.166ff.)、著者らは、現地語を
「自然資源」として保全することは、現地の知識体系を守り、ひい
ては現地の社会・文化・生態系の sustainable な発展につながる
と主張する(p.170)。ただし、これを実現する前提としては、中
央集権ではなく、ローカルな社会の自己決定権(「言語権」をも含
む)を尊重することが肝要である(p.172)。

最後の第8章では、第7章に述べられた保全言語学の基本方針を実
際に推進しているケーススタディーが挙げられている。言語保全は
家庭を舞台とする【ボトムアップ】施策と自治体が主力となる【ト
ップダウン】施策の二通りがあるが、著者らはまず初めに草の根
(ボトムアップ)的な運動を推奨する(p.177)。ハワイ、ブラジ
ル、そしてアメリカインディアンの言語保全運動を例に挙げながら
(pp.179-186)言語保全に伴う具体的問題点を示し、最後は多言語
主義(multilingualism)と多文化主義(multiculturalism)こそ
[通念に反して]普通のことなのだという結論を導く:

[O]ur global village must be truly multicultural and multi-
lingual, or it will not exist at all. (p.204)

生物多様性と言語多様性の保全とをタイアップして考えている点で、
本書はユニークであり、保全生物学に関心をもつ読者にとってもき
っと興味深い読み物になると思われる。本書全体にわたり、文章は
しごく明快であり、煩瑣な引用は極力避けられている。保全言語学
に関する背景知識がなくても、本書はまったく問題なく読めるだろ
う。いい本だと私は感じた。

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【目次】
List of illustrations vii
Preface ix
1. Where have all the languages gone? 1
2. A word of diversity 46
3. Lost words / lost worlds 50
4. The ecology of language 78
5. The biological wave 99
6. The economic wave 126
7. Why something should be done 150
8. Sustainable futures 176
References and furthur reading 205
Bibkiography 215
Index 225
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## 三中信宏 / MINAKA Nobuhiro
## 農林水産省農業環境技術研究所計測情報科調査計画研究室
## 〒305-8604 茨城県つくば市観音台3-1-1
## TEL 0298-38-8222 / FAX 0298-38-8229
## mailto://minaka@affrc.go.jp (office)






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