[BlueSky: 2684] Fw:[evolve:7892] Nettle & Romaine 2000 "Vanishing Voices" (1/2)


[From] "Y.Kuzunuki" [Date] Tue, 26 Dec 2000 14:37:52 +0900

こんにちは、葛貫です。

【2653】以降、風土の中で培われてきた文化と言語の関係、グローバリ
ゼーションの功罪等について、ぼんやり考えておりましたところ、農林水
産省農業環境技術研究所計測情報科調査計画研究室の三中信宏様が、
EVOLVE MLに投稿された"Vanishing Voices"という本の書評を拝読致し
ました。原本はとても読めそうもないのですが、三中様の書評を拝読して、
このような方向で研究を展開し、保全のための戦略(?)を練っている方
がいらっしゃるのだと知ることができたことを幸いに思います。
三中様のお許しを戴きましたので、転載致します。
EVOLVE MLに所属されている方、重複、お許し下さい。

----- Original Message -----
送信者 : "MINAKA Nobuhiro" <minaka@affrc.go.jp>
宛先 : <evolve@affrc.go.jp>
送信日時 : 2000年12月24日 8:12
件名 : [evolve:7892] <Review> Nettle & Romaine 2000 "Vanishing Voices" (1/2)


EVOLVE reader 諸氏:

三中信宏(農環研← PPP from 高崎)です。

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【書名】Vanishing Voices: The Extinction of the World's Languages
【著者】Daniel Nettle and Suzanne Romaine
【刊行】2000年
【出版】Oxford University Press, Oxford
【頁数】xii+241pp.
【価格】US$ 19.95
【ISBN】0-19-513624-1 (hardcover)
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ある言語はどのようにして死んでいくのか、その背景と原因は何か、
ある言語を守るためにはどのようにすればいいのかを具体的事例を
通じてたどることが本書の目的である。

本書では、現在の地球に見られる言語の多様性を、生物の多様性と
一体化させて、【生物言語多様性】(biolinguistic diversity:
p.ix)という新たな観点から論じていることが注目される。実際、
本書を読み進んでいくと、生物多様性と積極的に絡めることにより、
言語多様性の危機とその保全を進めるという姿勢がはっきり読み取
れる。保全生物学に関心のある読者ならば、本書に構想されている
【保全言語学】のビジョンを容易に理解することができるだろう。
序文の中で著者たちは述べている:

「言語の絶滅は、世界的規模での生態系全体の崩壊というもっと
大きな図式の一部分である。われわれの調査によれば、地域的な
生物多様度と言語多様度とのあいだには驚くべき相関が見られる、
このことは“生物言語多様性”−すなわち、地上の動植物種すべ
てを含み、さらに人間の文化と言語をも包括する豊かな広がり−
と呼ぶべきものを一括して保全するという議論を可能にする。」
(p.ix)

言語系統樹を構成するひとつひとつの言語は、「話者がたった一人
になった」時点で事実上絶滅し、その最後の話者が死んだ時点で完
全に絶滅する。第1章は、世界各地から集められた、このような
「last speakers」の記録から始まる:

・Manx語(マン島)の最後の話者 Ned Maddrell−1974年死亡
・Ubykh語(コーカサス)の最後の話者 Telvic Esenc−1992年死亡。
・Catawba Sioux語(北米)の最後の話者 Ted Thundercloud−1996
年死亡。
・...

ある言語の「最後の話者」をその遺影とともに示されると、トキや
リョコウバトの「最後の個体」を見せられたときと同じ感慨を覚え
る。著者らの調査によると、過去五百年の間に、全世界の言語のお
よそ半数がすで絶滅したそうだ(p.2)。いま現存する言語(5000
〜6700語)の少なくとも半数が来世紀中に消滅すると予想されてい
る(p.7)。

言語の多様性は文化の多様性と一体であるから、言語の絶滅は文化
の絶滅にほかならない。しかも、地域的な文化はそれを担っている
人間社会とともにその地域の生物学的環境と一体化して考えるべき
である。ところが、生物の絶滅に対しては社会的な関心が高いのに、
言語の絶滅はそれほどの注目を集めることがない。両者は密接に連
動しているという事実を周知させる必要がある−著者たちが“生物
言語多様性”という概念を提唱する理由はここにある(p.13)。

事実上の“lingua franca”としての英語のもとで(p.17)、多言
語主義(multilingualism: p.18)へのさまざまな圧力は決して小
さくない。そこには言語の経済学的価値とか民族的・政治的環境な
ど単純ではない背景があることは確かだが、6000もの言語を200ほ
どの国で話しているのだから、多言語主義は当然のことではないか
と著者らは言う(p.21)。

第2章では、言語多様性を世界的に概観する。地理的に見ると言語
多様度は均一ではなく、とりわけ熱帯雨林(東南アジア・アフリ
カ・中米)での言語多様度の高さが突出している(p.32)。生物多
様度に関する“hotbeds”地域が言語多様度にもそのまま対応する
いう事実は、“生物言語多様性”という統一的な観点からの見直し
を要求する。著者らは、「言語は、種と同じく、環境に対して高度
に適用している」(p.43);「種と同じく、言語もまた生態学的ニ
ッチを占有していると考えられる」(p.45)と生物と言語との並行
性を強調する。

続く第3章は、言語の「死に方」に目を向ける。1815年の火山噴火
により話者全員が死んだため、言語として消滅した Tamboran 語
(インドネシア)のような突然死の例外を除けば、一般的に言語は
話者集団が小さくなったり、しだいに使われなくなったりして、ゆ
っくりと死んでいく(p.51)。ある言語が死ぬことで、いったい何
が喪失されるのか? 著者らは、地域的知識、民俗分類、そして認
知体系の三つが、言語の絶滅とともに失われると指摘する(pp.56-
69)。要するに、【現地の言語】(indigenous language)がなく
なれば【現地の知識】(indigenous knowledge)もそれとともに失
われるのである(p.71)。

第4章は、言語が人間社会の中でどのような「生態」をしているか
を論じる。言語の「生き方」を見ることで、その「死に方」にも光
が当てられるだろう。生物言語的に地球上でもっとも多様なパプ
ア・ニューギニアで、言語がどのように分化していったのかを考え
ると、環境としての生産性の高さ・高地による地理的な隔離・部族
間の戦いの三つが原因として挙げられる(pp.84ff.)。著者らはニ
ューギニアは「言語平衡」(linguistic equilibrium: p.89)−分
化する言語と絶滅する言語との平衡状態−にあるとみなしている。

言語が「死ぬ」原因は、話者がいなくなるか、または言語の移行−
政治的に言語の放棄を強制されるケースと社会・文化的制約のもと
で自発的に別言語に移行する−が生じたかのいずれかである(pp.
90-91)。また、言語が「死ぬ」までの経緯にも:
・ 「トップダウン死」−ある言語が社会・学校・政府などの公的
機関で使用されなくなり、家族のような私的なネットワークだ
けに使用が限定されて死んでいくこと。[スコットランドのゲ
ール語とかフランスのブルトン語など]
・ 「ボトムアップ死」−ある言語が家族・知人・日常生活でしだ
いに使われなくなり、公的かつ形式的な場でのみ使われながら、
言語として死んでいくこと。[ラテン語など]というちがいが
ある。

「言語平衡」にある世界がどのようにして崩れ、生物言語多様性が
失われるにいたったのか−これが次章以下のテーマである。著者ら
は、人類学史の観点から、農耕の起源と産業革命の進展という二つ
の軸を立てて、この問題に迫る。[Part 2 に続く]

---
【目次】
List of illustrations vii
Preface ix
1. Where have all the languages gone? 1
2. A word of diversity 46
3. Lost words / lost worlds 50
4. The ecology of language 78
5. The biological wave 99
6. The economic wave 126
7. Why something should be done 150
8. Sustainable futures 176
References and furthur reading 205
Bibkiography 215
Index 225
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## 三中信宏 / MINAKA Nobuhiro
## 農林水産省農業環境技術研究所計測情報科調査計画研究室
## 〒305-8604 茨城県つくば市観音台3-1-1
## TEL 0298-38-8222 / FAX 0298-38-8229
## mailto://minaka@affrc.go.jp (office)





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