こんにちは、佐川です。
> 佐川さんへ。ゲンゴロウです。
はいっ!なんでしょうか(^。^:)
ゲンゴロウさんwrote:
> 佐川さんが,ここでおっしゃっているのは,
> 「江戸時代には,制御する必要はない,欲望をもっても現実化
> する可能性が,そもそもないから」という意味ですか?
制御する必要がないというのはやはり言い過ぎですが。
なんて言うんでしょうか、江戸時代の人ももちろん
様々な欲望をいだいてそれを制御しているわけですが、
その欲望のあり方と制御のあり方は、どうであった
ろうか?という素朴な疑問があるんですね。
たとえば食に関しては、食べ物そのものがないわけで
すよね(江戸時代は以外に豊かだったらしいですが)
では、制御とはなにを指すのか? ここでは食べ物が
ないとう現実を受け入れ「諦める」ことではないでし
ょうか。どっちかと言えば他律的な制御ですよね。
飽食の現代では、下手すると一食で一日に必要なカロ
リーをオーバーしてしまい、たちまち肥満になってし
まうわけです。
しかし、みんな以外と<特に若い女の子は>スマート
なわけです。つまり、身も回りに食べ物があふれてい
る状況で自律的に制御しているわけです。
昔の、そもそも食べ物がない状況下での他律的な制御と
現代の、目の前に食べ物がある状況下での自律的な制御
とを単純に比べられないと思うんです。
> それならば,私には現代も,いや,現代こそ,よく考えると欲望が
> 現実化する可能性は,本当はないのではないかと,考えます。
ああ!! なるほど。
かつて欲望・夢想されたものが、ことごとく現実化されたん
ですよね。
で、今ではなにに欲望したらよいか解らないし、何かしよう
としたとたん、あらゆる角度から監視の眼差しが向けられて
しまうし、また、何かしようとする前に結果が見えてしまう。
なんか、養老さんの言う脳化社会みたい。
ちょっと、支離滅裂になってきた(^_^:)
ゲンゴロウさん」
> 現代は現代なりに,佐川さんの考え方を借りれば,やはり選択肢は
> とても少ない状況にあると,私は考えています。
そうですね、選択肢は少ないですね。というかほとんどない
ような気もしてくるのですが・・・・。
ゲンゴロウさん
> それだから,多くの人は,今,環境問題を考えているのだと思います。
> なのに,未だに,個は他の個に先んじて自分の欲をだそうとしている。
> それを,多くの人々は,科学技術だとかに,頼って,夢を見続けている
> ように感じます。その結果が,子孫に処理できない放射性元素のゴミを
> 残しているように思います。
なんていうんでしょうね、かつて科学技術が輝いていた頃に
子供だった人たちは、まだ夢を見ているんでしょうね。
でも、若い人たちはもう科学技術に夢なんて見ていないで
すよね。
ゲンゴロウさん
> 技術的な解決策も大切ですが,それと同時に,人間の意識の変革による
> 解決策も,考えなければ,ならないように思います。
どういう方向に変革していけばいいのでしょうか?
目眩がしてきたのでこのへんで失礼します。
それでは。
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