[BlueSky: 223] RE:173


[From] "Noriaki Ikeda" [Date] Sat, 31 Jul 1999 11:37:33 +0200

皆さんこんにちわ。
ドイツフライブルク大学森林学部の池田です。

小宮さん:
>(僕は企業批判をしている訳ではありません。もともと資本主義社会と
>いうものは、お互いに自分の利益を追求しつつ発展していこうというもの
>なので、企業の利益追求の姿勢は理にかなっていると思います。環境の
>ことを考えて、自社の利益を減らしてでも開発の手を緩めよう、などと
>考える企業は存在しないだろうし、もしあっても、厳しい経済競争の中
>で淘汰されてしまうと思います。)

>そこで、その企業の暴走を食い止めるのは行政ということになります。
>政府、官僚がしっかりと倫理観を持って、規制をしかなければならない
>のではないでしょうか(しかし、昨今の賄賂まみれで堕落した官僚に果た
>して期待できるのか…)。

企業による暴走を食い止めるには、確かに、行政による規制、法律の制定などが一
番効果があると思います。しかし、それらは日本では、ほとんど実行されていませ
ん。その理由はおおまかに次の2つの点にあるのではないかと思います。

1)行政の構造上の問題
地方に権限がないこと。環境破壊は地球レベルの問題ですが、個々の問題は地域レ
ベルで解決していくのが望ましいと思います。国家レベルでの一つ大きな改革より
、たくさんの地域レベルでの改革のほうが、はるかに効果的ですし、時間のロスも
少なくて済みます。住民の声も反映しやすいでしょう。そのためには、時間のロス
が多く、地域住民の声を反映しにくい中央集権のシステムから、地方分権のシステ
ムへ移行を進めていく必要があるのではないでしょうか。

2)行政のなかでの人材の質的量的な不足
フライブルクに視察に来られたある行政の方が次のようなことを言っていました。
「日本では、役所の中に専門家が少なく、いたとしても、しょっちゅう担当部局が
変わってしまうので長期的で大きな仕事ができない。保健所や営林署などの地方の
専門部局では、局長は中央から派遣されてきて、3年ぐらいしたらまた中央へ帰っ
てしまう。たった3年では何もできない。また、いい事業アイデアがあっても、職
員の数が足りない、資金がないため実行できない。」
私の推測ですが、行政では、優秀な専門家は中央に集中している。しかしその専門
家の人たちは、大きな組織を動かすことに多大なエネルギーと時間を使わなければ
ならなく、自分の専門知識を活かした仕事はなかなかできない。

賄賂にまみれた腐敗した官僚だけが弱い行政の問題ではないような気がします。
しっかりとした倫理観を持った官僚、役人の方はたくさんいると思います。
ただそういった方々も、組織の構造、人材、お金などの問題のため、なかなか自分

アイデアを実行できないでいるのではないかと思います。
私は実際に行政の内部にいたことはありませんので、ここに書いたことは
間違っているかも知れません。もしこのメーリングリストの中に行政で働いて
いらっしゃる方がいましたら、実際の問題点など教えてください。

ドイツで環境政策が成功している理由は、1つは地方分権が徹底していて、市町村
がもつ法的権限が大きく、地方独自のアイデアを実践しやすい行政システムになっ
ているからだと思います。もう1つは、役所の部局にその分野の専門家がいること
です。これらの専門家は、自分が望めば、ずっと同じところで仕事ができます。日
本のような強制的な人事異動はないそうです。ドイツでは公務員の職はかなり安定
しています。その代わり、公務員になるための国家試験は難しく、かなり高い専門
知識が求められます。この国家試験に合格すれば、大学のドクターと同じくらいの
社会的地位が与えられます。

現在ドイツでは、行政主導型の環境政策が各地で成功をおさめています。しかし、
いろいろな人に話を聞いてみると、昔から行政がリーダーシップをとっていたわけ
ではないそうです。

以下私が聞いた話しをまとめます。
環境破壊が表に出てきた60年代後半、行政は腰が重かった。ドイツでのエコロジ
ー運動は一般の市民が盛り上げ、行政を動かしていった。この頃の環境運動に大き
な影響を与え、またその原動力となったのが、68年の学生運動を行なった若者た
ちだった。彼らの思想はアメリカで始まった平和運動の流れもくんでいた。大学生
を中心とした環境運動家達は、行政、企業、社会を批判するだけにとどまらず、そ
れら大きなものに対抗する組織として、環境団体を作った。この頃に作られたドイ
ツの環境団体で代表的なのがBUND(ドイツ環境自然保護連盟)。現在ドイツに
ある環境団体は、その性質から大きく2つのタイプに別けられる。タイプ1は、6
8年以前に作ら
れた団体。これらは、純粋に、倫理的に自然保護を訴える団体。タイプ2は、68
年以降に作られた団体。こちらは、政治的に干渉する、行政に圧力をかけて社会を
変えていくという運動形態を取っている。後者のなかで、政党にまでなったのが、
現在「社会民主党」と連立政権にある「緑の党」。

なぜ、ドイツでは環境団体が力を持っているのか。社会を変えていくことができた
のか。それは、その団体が持つ経済力、職員として従事している多くの優秀な専門
家のおかげだと私は思います。社会を変えていくには、長期的には、環境教育など
で子供大人の倫理観を育てていくことが望ましいと思いますが、いまの社会には、
放っておいたらとんでもないことになってしまうかもしれない問題、すぐに解決し
なければいけない問題がたくさんあります。そういう問題は、前にこのメーリング
リストでも議論されていたように、倫理を訴えるだけでは解決できないでしょう。
やはり、科学的なデーターとお金が必要になってくると思います。

これらの団体に従事している専門家は大学でドクターやディプローム(マスターと
同等)などを修得した人たちです。そういう優秀な専門家が、一般企業などではな
く、こういうところで、自分の理想に近いところで仕事ができ、それによって生活
ができること、そういう受け皿があることはすばらしいことだと思います。それを
経済的に支えているのは、一般会員の会費です。「会費は、使い道のはっきりした
特別な税金」という認識を会員は持っているようです。

日本にも優秀な専門家、草の根レベルで環境運動に従事していらっしゃる一般の方
々、たくさんいると思います。ただ、それらが、社会を変えるまでには至っていま
せん。環境団体に何人もの専門家を雇えるだけのお金がないこと、おのおのの小さ
な団体が個別に活動していること、などに問題があるのではないでしょうか。

よく、ドイツに視察に来られた日本の方から、「ドイツ人は環境に対する意識が高
い、日本人はそれに比べたら、まだまだ。」といったことをよく聞きます。でも私
はそうは思いません。ドイツでも一般市民の環境に対する意識はそれほど高くない
です。ただ、ドイツでは、主に知識階級の人たちが、社会をかえれるような組織を
作り、強力なリーダーシップを発揮して、効果的な運動を展開しています。個々の
市民の環境意識のレベルはドイツでも日本でもそれほど変わりはないと思います。
ドイツが環境先進国といわれるまでになった理由は、環境運動家が「社会を変えて
いくためにはどういう組織を作ればいいか」と考え組織づくりをしているから、「
人を動かすにはどうしたらいいか」といつも念頭において運動を展開しているから
、だと私は思います。


それでは、皆さんのご意見お待ちしております。

池田憲昭





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