[BlueSky: 2223] 自然の価値 Re:2222 害虫とレッドデータブック


[From] "SUKA, Takeshi" [Date] Wed, 16 Aug 2000 10:19:29 +0900

青空MLのみなさん

   須賀です。

中澤さん以外の方からも、私信でご指摘をいただきました。
わたしのメール2220の説明では、意味がただしくつたわる
表現になっていなかったようです。おわびして、再度説明を
こころみます。

わたしの話は2段がまえになっています。

(1)まず、人間は自然から生まれてきたという科学的認識
は、ものごとがこう「である」という問題であり、価値観や
倫理が関係してくる「べき」の話とは区別できる。

いわおさんが2124で書かれた”人間中心の「天動説」から
「地動説」へ”という視点の転換の話も、前者の話ですね。

進化論や生態学は、人間がほかの動物との共通の祖先から
進化してきたこと、人間生活が生物圏の相互依存の網の目
から多くの恩恵をうけてきたことなどをあきらかにしました。

これは近代に成立した人間中心の世界観をある意味できり
くずしました。

でも、そこから個々の問題について「どうすべきか」は、
かならずしも自明の論理としてはでてこないと思います。

これが第一点。

(2)次に、人間と自然とどちらを大切にする「べき」かと
いう価値観の話になったとき、しばしばふたつのちがった話
が混同されている。

そのふたつの話とは「人間の命と他の生物の命」という比較
の話と、「人間にとっての人工物の価値と自然物の価値」と
いう比較の話です。このふたつは、一見にているようにみえ
るかもしれませんが、もともとぜんぜん別の問題だとわたし
は思います。そして、どちらも科学がこたえを出す問題では
なく、社会の問題だとわたしは考えています。

ですから、(1)で「地動説」の立場に立つからといって、
(2)で人間の命をないがしろにすることにはかならずしも
ならないし、さらに自然に対する価値観に多様なものがあり、
対立やぶれがあることを否定することにもならない。

ですから、わたしがいいたかったのは、
(1)と(2)を区別すること、そして
(2)のなかにあるふたつの問題を区別することです。

これでおわかりいただけるでしょうか。






Takeshi SUKA
Nagano Nature Conservation Research Institute (NACRI)
E-mail: suka@nacri.pref.nagano.jp


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