[BlueSky: 179] Re:156 緑の革命/新しい形質の導入


[From] suka@nacri.pref.nagano.jp (SUKA, Takeshi) [Date] Mon, 26 Jul 1999 14:25:14 +0900

葛貫さん、後藤さん、長峰さん、みなさん
                    須賀です。
> 葛貫さん【148】:
> とにかく、自力で増殖できるものを放つと、取り返しがつかないことになるので、
> 遺伝子操作したものに限らず、その土地にもともとない形質を持つものは、
> 安易に自然界にもらさないようにしなければならないのだと思います。

後藤さん【156】:
> 気にかかるのは、社会的な問題です。
>
> つまり、遺伝子操作による種子開発によって、多国籍企業による種子の独占が一
> 層進み、土着農業をどんどん破壊していく気がします。
>
> そうすると、前にご紹介したヴァンダナ・シヴァ「生きる歓び」で告発されてい
> るような「緑の革命」の弊害が、一層推し進められていく、と思うのです。
> 須賀さんがこのあたり、詳しいのかな?

わたしもそんなにくわしくありませんよ。緑の革命の弊害そのものについては、
農学関係の方とか、開発、食糧、人口などの問題の専門家の方がいらっしゃれば
そういう方に説明していただくのがいいでしょうね。後藤さんがわたしの名前を
だされたのは、生物多様性の観点からひとこと何かいいなさい、ということかな。

日本では、生物多様性の保全というとあまり実生活とかかわりのない単なる自然
保護の問題とうけとめられることが多いのですが、地球環境問題のスケールでは、
作物とか薬など人間の生存に不可欠な生物資源の保全という観点が大きな比重を
しめています。ここに先進国の企業の活動と発展途上国の住民の利害の対立とい
う問題がからんで、大きな政治的問題になっているようです。1992年のリオサ
ミットで署名された「生物の多様性に関する条約」でも、これが大きな争点だっ
たそうです。

人間は伝統的に多く種類の植物を野生・半栽培・栽培などのかたちで利用し、
食糧や薬、その他さまざまな用途に役立ててきました。現代でも途上国の農民
の多くは、自分たちの畑で意図的に多様な品種を残し、予期しない病虫害など
に抵抗できるような遺伝的な多様性を保とうとしています。このようにして
つくりあげられた作物の多様な品種は、バイオテクノロジーなどの近代的な
技術をもちいて品種改良をおこなうときにも重要な遺伝子資源になります。

しかし緑の革命をはじめとする近代的な農業改良政策は、品種改良によって
つくられた単一の作物を広範囲に普及させようとします。またそれだけでなく、
化学肥料や農業機械などの導入とセットになっている場合が多いので、農業
経営のありかたそのものを変えてしまい、その結果として伝統的な共同体を
破壊し、先進国の企業への農民の従属をもたらし、貧富の差を拡大した、と
いわれています。単一の品種を広い面積に植え付けると生態学的にも脆弱で、
新しい病虫害などが発生したときに壊滅的な被害をうけやすくなります。

地球上で人間が口にする作物の品種は、急激に画一化しつつあります。ワール
ド・ウオッチ研究所の『地球白書1999-2000』によると、「今世紀初めには、
インドだけでも少なくとも三万種以上の土地固有のコメがあったと思われる。」
しかし「たった一種の小麦が、一九八三年にはバングラデシュの小麦畑全体の
六七%を、翌年にはインドの小麦畑の三○%を埋め尽くした。」とのことです。

途上国の農民はこのような多様性をうみだし、維持するのに大きな役割を果た
してきました。遺伝子工学などによって改良された作物には知的所有権がみと
められるのに対し、途上国の農民にはそのような権利が十分にみとめられて
いません。これは大きな問題です。しかし最近では、改良プロセスのあらゆる
段階で農民がかかわるという農民参加型の品種改良などのこころみもはじまっ
ているそうです。そうした農民参加型の品種改良では、「種の均質性には頼ら
ず、地元で好まれる種を一揃い改良することができ、農地に現存する遺伝子の
多様性を維持し、拡大さえする可能性を秘めている」とのことです。

地球規模の生物多様性を保全するには、ローカルなレベルで生物相や生態学的
なシステムの固有性を保全しなくてはなりません。そしてこれは、単に生物の
絶滅をふせぐということだけではなく、地域の伝統的な生産様式や文化を尊重
するということにもつながるものだと思います。生物多様性の保全という課題
がグローバルな課題でありうるのは、こういう課題をもふくんだものだから
なのではないかとわたしは考えています。

参考資料
John Tuxil 「生物多様性がもたらす恵み(Appreciating the Benefits of
 Plant Biodiversity)」『ワールドウオッチ 地球白書1999-2000』
  (ダイヤモンド社)第6章.
UNEP 「世界の生物多様性アセスメント 政策立案者のための概要」.環境庁
  編『多様な生物との共生をもとめて 生物多様性国家戦略』(大蔵省印刷
  局発行)付録.
ヴァンダナ・シヴァ『生物多様性の危機 精神のモノカルチャー』(三一書房).
ハムフェリー&バトル『環境・エネルギー・社会 −環境社会学を求めて−』
  (ミネルヴァ書房)「第8章 飢餓をめぐる闘争:社会的・生態的次元」.
堂本暁子『生物多様性』(岩波書店).

Takeshi SUKA
Nagano Nature Conservation Research Institute (NACRI)
E-mail: suka@nacri.pref.nagano.jp



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