[BlueSky: 1633] Re:1595 「遺伝子組換え作物をめぐる諸問題と政治・経済・社会」の報告


[From] Minato Nakazawa [Date] Mon, 03 Apr 2000 18:39:51 +0900

中澤@東京大学人類生態です。
長文です。

[1595]で,
> 自分のWEB日記(http://sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/~minato/myfavor.htm
> より転載します。
と書いてシンポジウムの感想を書きましたが,感想だけでは
さすがに中身が伝わらないと反省したので,もう少しきちんと
紹介しようと思います。自分が書き取ったメモを元にしている
ので,聞き漏らした点もありますし,間違いがあるかもしれ
ないことを,お含みおきください。
#後日,何らかの形で出版されるときには完全な形になると
#思われます。

> 簡単に感想を書いておく。秦野さんの主旨説明にあった,「みんな」のスローガン
> という考え方は面白いのだけれど,伝統的な知という視点が入っていないのではな
> いかと感じた。鈴木秀夫さんの「森林の思考,砂漠の思考」で分析されているよう
> な,風土が自然観に及ぼす影響が,伝統的な知には表れているはずで,スローガン
> の地域性はその影響を受けると思う。
秦野さんの主旨説明は,まず「学の専門化」の弊害として,遺伝子組換え
に関わるシンポジウムなどが,安全性論争に偏ってきたことを指摘し,
遺伝子組換えは実験室内の問題か? という問いかけから始まりました。
科学的事実が,必ずしも行動の指針とならなくて,行動の指針は,
わりと単純な世論としてなんとなくできあがってくる「みんな」の
スローガン(食糧増産,環境保護,健康維持,科学の啓蒙,といった,
なんとなく良さそうな雰囲気を醸し出しているお題目)に拠っている
のではないか? という仮説を示され,複雑な議論を農学分野でも
きちんとやろう,そのための材料提示となれば,というのがシンポの
主旨だということでした。

> 立川さんのブリーフィングは現状説明や論点
> の整理については簡にして要を得たものだったと思うが,解釈のところで科学者と
> 市民の問題意識のずれがあるのでは? といったときの「科学者」は,技術開発者
> のことなのだろうから,そういった方が良かったのではないかと思った。
立川さんの報告内容は大きく分けて2点あり,1点目は,GM作物の
普及状況,2点目は賛成,反対論争の背景についての仮説提示でした。
普及状況では,ISAAAの報告では,1999年の総作付け面積3990万ha,
急速に作付けが拡大しているという話から始まり,作付け国は12ヶ国
あって,アメリカが7割,ついでアルゼンチン,カナダ,中国が主な
作付け国だと進み,作物ではダイズで52%が組換え作物で,他には
トウモロコシ,綿花,ナタネが主だという話でした。組換えの中身
については,現在はBtトウモロコシとかラウンドアップ耐性ダイズ
のようなインプット特性に注目したものが主だけれど,これからは
アウトプット特性(油脂の成分やアミノ酸組成の改善など)を重視
し,traitの重層化,高付加価値化が進むだろう,ということでした
(もっともGM作物が進んでいるアメリカでは,トウモロコシの4割弱,
ダイズの6割弱,綿花の6割強がGMO作物だという)。
論争の対立点については,利点が食糧増産,高品質など,欠点が
安全性への懸念,種子の企業による支配などがあり,それがなぜ収束
しないかということについて,市民と科学者の間に問題意識のずれが
あるからではないかという仮説がしめされました。つまり,科学者
(注:中澤の解釈ではGM技術開発者)の認識が能動的で,確率分布が
既知の場合はリスク,未知の場合は不確実性であるのに対して,市民
の認識は受動的で,確率分布が既知の場合に危害,未知の場合に不安
となるということです。問題の根幹は,主体的選択が科学者・企業に
よるものであることによるというわけです。一般市民が感じる不安の
背景には,情報欠如の状態と受け身的状況という二重の困惑があると
考えられることを指摘された後,全否定でも全肯定でもなければどの
ようなテクノロジーのありかたが可能か? ということについて学際
的検討が必要だと締めくくって,スムーズなシンポジウムへの導入に
なっていたと思います。

> 宮田さんは話がうまかった(農耕が紀元前5000年から始まったという話には,
> パプアニューギニア高地の根菜農耕はもっと前だとつっこみたくなったが,
> 重箱の隅なので控えた)。現代の価値観を肯定するという前提で,現状の何が
> 悪いかを指摘し,漠然と広まっている誤解をとくのだ,というスタイルが明確
> で,その限りではわかりやすかった。ぼくは現代の市場原理を根底に置く価値
> 観そのものに疑問があるので,必ずしも納得はしないのだが,たしかに科学的
> には正しい説明であった。もっとも,「子どもは組換え体なんです」という
> 言明など,戦略的でありすぎるように思ったが(レトロウイルスによる形質導入
> があるにしてもそれは無作為なので,ヒトの意図という点で見れば,子どもを
> 産むという営為は伝統的な交雑育種と対応するというのが素直な認知だし,そう
> であるなら,そもそもヒトの認知を問題にしている以上,「種はない」という
> 科学的な正しさを言っても,新しい技術の社会による受容には意味をもたない
> ように思うのだ)。
以下,発表内容は箇条書きにして,ぼくの意見や感想は括弧内に書きます。

【宮田さんの発表】
・日経BP社のBPはBusiness Publicationsの略。
・93年4月に世界初のGMO出荷というガセネタをつかまされてアメリカに飛んだが
悔しいのでカルジーン社に行って試食を依頼し,GMトマト4個を食べてきた。3年
取材してきて安全性を知っていながら,食べる段になって,カルジーンの人に
先に食べさせた。食の保守性を示す。身体と心は別。
・必要なことは,妥当な表示と情報提供と『対話』。モンサントが密かにやろうと
したのが失敗。
・除草剤耐性ナタネは,ワンスプレーで終わるという農業への福音。1000坪だった
作付け面積を3000坪に増やせるといって喜んでいた夫婦がいた。むやみに反対する
のは都会のひずみ。
(●中澤の感想:人数あたりの作付け面積が多くできれば効率がよいというのは
土地が広い国の発想と思う)
・農業と過放牧によって砂漠化が進行している。農業はBC5000からやっているが,
持続可能な農業へ転換しなくてはいけない。有機栽培にはいろいろな疑問があり,
化学肥料と農薬を大量に使う現代農業にはsoil erosionという欠陥がある。遺伝子
組換えダイズは表土を耕さない。耕さないことでerosionを防げる。
(●中澤の感想:有機農業への疑問というのは,手間と生産量と思われるが,川口
由一さんの不耕起農法([272],[275],[277],[282],[286]あたりで話題に)なら
どうか? 不耕起だからerosionはしないだろうし)
・遺伝子組換えダイズを使うことによって収穫量が増大し,コストが減り,農薬
散布が減った。化学物質依存度が下がるので,原油依存度が下がることにもなる。
・次の焦点はイネである。ダイズは,豆腐は全国的に消費されているものの,
マイナーな食材。イネは多くの国の主食。日本では農水省が国家独占してきた
ので,組換えイネの国際競争力が低下している。Avantisやモンサントは既に
圃場がある。
・低農薬農業へという観点からいえば,害虫が忌避するような物質を作る
組換え作物は有効。殺虫剤の70%は綿花に投入されていて,ジャガイモ畑も
殺虫剤で真っ白だが,害虫は芯に巣くっていて到達率が低いため,投入される
殺虫剤の90%は無駄になっている。組換え作物ならば低農薬にできるので,
生き残った天敵が害虫を食ってくれ,省エネにもなる,というのがモンサント
の言い分。
・抗ウイルスと成分育種について。組換えパパイヤというのを石垣島で
やっている。今年の踏み絵(中澤注:この話は後でもう一度触れられる)。
・今年のGMOは横這いか減少(売り上げ? 生産?)。日本とEUの反対のため。
日本では現在29品種のGMOが認可されている。
・食品検査は,一粒の半分でDNA検査はできる。抗体検査もできる。迅速に
できるので,アキタコマチの流通のいいかげんさに対抗する意味で,「DNA
検査済」というラベルをつけたら売れたという現象が起こった。このことから
すると,必ずしも消費者は無条件なバイオ嫌いではない。
・変貌する食品マーケティング,という話があって,食べる人の嗜好や遺伝的に
一人一人異なるはずの健康的な食生活に合わせた食品供給が行われるようになる
らしい。
(●中澤の感想:食は意図した「健康」だけのためのものではない。もっと
日常のはず)
・組換え食品に逆風。Green Peaceはプロ。AM7:00にテレビ中継に合わせて
組換え作物をばらまいて,実際に人が入場するときにはきれいに撤去する,
といったことをする。日本にはこういうプロフェッショナルな団体はない。
Green Peaceは,実はロンドンではモンサントと手を組んでいる。
(●中澤の疑問:どのように手を組んでいるのか?)
・日本では1996年11月から組換え食品が輸入されている。97年から非組換え
食品を求める生協運動が始まり,98年に国会で議論されたが,99年にコーネル
大のBtトウモロコシがオオカバマダラにも毒となるという発表など2つの事件
がきっかけで議論が沸騰するまで国民の関心は低かった。この議論沸騰が
農水省が表示義務化を決める契機となったが,コーネル大の危険であるという
発表はマスコミに大きく取り上げられたが,その後のそれを否定する発表の
扱いは小さかった。日本のマスコミは危険情報だけをクローズアップし,
安全だという情報は流さない傾向がある。
・規制の実状に関しては,EUは1%混入でも表示という,技術的に不可能な
規制をしたので,この規制は政治的な意味しかもたない。日本は5%という
可能な規制をしたので,世界に先駆けて実効のある表示義務ができた。
しかし,この規制の理由は,(1)省庁再編で「JAS表示はいらない」論が出て
きているのを牽制するため,(2)当時の農水大臣の中川氏の選挙基盤が
国産ダイズ農家に多くあり,そこにアピールするため,ということであり,
既に実はとれているので,農水省は実際の表示にはクール。分別・非組換え,
分別・組換え,不分別,という3分類だが,厚生省表示の安全認証というのも
加わる(技術的には4本のプライマーを使って,5%以上の混入があれば
ダイズは分別できるが,厚生省表示の方は困難。)。しかし,「とんがり
コーン事件」に示されるように,実は混ざっていたとかいうと売り上げが
落ちるので,分別して製造していても,最後に不分別と表示してしまう場合
が多い。結局,分別にはコストがかかる上,不分別商品が溢れることになり,
無駄。対話を通じたPAの努力が必要である。
・今年,注目されているのは組換えパパイヤ。ハワイではウイルス病によって
パパイヤが壊滅状態になったので,ウイルス耐性パパイヤが作付けされている。
今年日本に入ってくるが,これが受け入れられるかが問題。
(中澤の補足と疑問:世界のパパイヤ需要は3000万ポンドから1億1千万ポンド
で,ハワイでの生産量のうち40%は日本へ輸出されているという。先頃米国
でEPAとFDAから認可されたウイルス耐性組換えパパイヤはレインボーパパイヤ
といい,現在日本での認可を待っているところだという。=以上,ソースは
Reuters.comのnews/environment,3月28日付け。しかし,何も日本でパパイヤ
なんか食べなくたっていいじゃん,と思う)

> 蔦谷さんは米国やEUの長期的農業戦略という立場からの説明で,それに対して
> 日本の戦略は遅れているというのはもっともだと思った。
【蔦谷さんの発表】
・農基法の見直し,食管制度の見直しでレビューワークをしたので声が
かかったのだろう。
・米国の農産物生産は8940億ドル。輸出額中農産物は9.2%。貿易収支
全体では赤字だが,農産物だけなら黒字。世界の穀物の21.6%を生産し,
小麦は35.1%,ダイズも34.1%を生産。
・レスター・ブラウンの本に拠れば,soil erosionと化学肥料の多用に
よる塩類集積と地下水位の低下により,輸出潜在能力の低下が問題で
あり,中国とインドの人口増加に対する危機意識が高まっている。
・であれば,アメリカが戦略商品である穀物に対して,手を打たない
はずがない。実際に,持続型農業に力を入れている。
・持続型農業の目玉は,コスト低下と環境に配慮した農業ということ。
Low Input Sustainable Agriculture (LISA)を中心にやっている。具体的には,
生産性,収益性の維持,資源・環境の保全,農業者の健康維持を目的として,
(1)作付け体系の見直し(輪作の導入),(2)総合的病虫害駆除(IPM=Integrated
Pest Management)の推進,(3)土壌・水の保全,(4)糞尿の活用,(5)農耕と
畜産の複合化,を軸にやっている。1990年代に入って,Low Inputはいいけれど
Low Incomeという現実に直面して抜け出そうとする動きもあるが,1993年に
IPMを国家目標として大統領が表明している。
・地域性によるばらつきがある。有機農業の多様化もある。2000年に75%を
IPM化が国家目標だが,カリフォルニアやフロリダのように果樹をやっている
ところやテキサスのように畜産との複合でIPMが進んでいるところもあるが,
穀物中心のところは遅れている。
・GMO作付けは五大湖周辺が中心。コスト低下と環境負荷を軽くという
両方を満たすのはGMOの可能性。それゆえ,アメリカ農業の構造的な問題
としてGMOをやめることはできない。自由化,国際化,市場化を進めて
きたアメリカ自身の苦悩がある。
・最大の輸入国は日本である。日本の食糧構造はアメリカに依存せざるを
えない(●中澤感想:現状の供給を維持するには,という制限付きだが)。
カロリーベースでの自給率低下が顕著。新農基法は,基本的には市場原理
をさらに徹底させたもので,農業の多面的機能,景観の保全,安全性と
いったことも詠われているが,アメリカでは15年前にやられていること。
(●中澤感想:ただ,中山間地振興というのは毛色が違うのでは?)
・EUについて。農産物の域外への輸出は596億ドル,輸入は642億ドル。
農業の多面的機能と安全性はEUも主張しているが,輸出もしている点が
日本と大きく事情が違うところ。EUはしたたかで,複雑な構造をしている。

> 白幡さんは,林学の出身とのことだが,議論の建て方が直観的なのが宮田さんと
> 対極にあって面白かった。「もっともらしいキーワードを並べ立てるほどうさん
> くさくなる」という名言が印象に残っているが,こういうふうに考える人
> が多い社会に対しては,データで説得するというやり方がそもそも無理なのでは
> なかろうか?
【白幡さんの発表】
・最初は林学を専攻し,カナダで開発をやろうとしていたが,1970年代に
エコロジーが脚光を浴び始め,倫理的関心をもった。造園から森林の利用,
庭園の歴史へと関心が進み,日本の非合理性が嫌いで,庭園デザインを
含む西洋の都市計画を学びに行った。平面図や立面図から将来予測を
考えて,西洋都市計画史を勉強していたが,「日本ではどうなっている?」
と質問されることが多くて,日本研究の必要性を感じ,横浜と神戸の都市
計画についての研究をした。それから「日本文化研究」をしている。
・GMへの不安は,研究・分析を離れた実感である。林学は,ゆっくりと
した関係の変化をつかまえて見届ける学問なので,結論がすっきり
しすぎる科学への疑念がある。
・今西進化論,棲み分け理論で「生き残るのは運や」という言葉の
ニュアンスが好きである。災害や立身出世も全部「そのへんのコトバ」
で理解している。(●中澤感想:生き残るのは運だというのは中立説
と思う)
・情報過多の世界では,いえばいうほどうさんくさくなる。健康とか
望ましい性質とか,国際基準とかいったキーワードは,すべて反対も
成立する。「人口・食糧問題の解決」という殺し文句もうさんくさい。
・食文化というものを考えるべき。イモムシや蜂の子を食べる文化も
ある。(●中澤感想:サゴ甲虫の幼虫は,あの環境で,サゴヤシ
でんぷんと一緒に焼いて食べると,本当にうまいのだ。郷に入っては
郷に従えというコトバが示すように,地域環境との関係を抜きにして
語れないのが文化である)食べたものが鯨だったと後でわかると
胃が痛くなる人もいる。食はカロリーだけでない,文化の問題なので
ある。ビアフラの人たちは日本が援助した米を食べられなかったし,
日本人は米不足のときでもタイ米は食べられなかった(●中澤感想:
事前の情宣で欲望を煽るという手で,ある程度文化は変えられる。
いいか悪いかは別にして)食べるのはエネルギーでなく,共同意識
である。日本人にとっては,イギリスやドイツの食事はまずいものが
多いし,アメリカの食事も自分を自然存在と思わないと食べられない。
宇宙で何日生きられるかという実験で,日本人が最初にねをあげた
のは「よくやった」と思う。献立を作った人は,おそらく日本人
ではない。食の問題は大きい。
・「食糧一般が増産される」ではスローガンになりえない。美とは何か?
男にとってと女にとっての美は違うし,ジェンダー論によれば,美は
社会的に作り出されるものである(●中澤注:Natureによく載る
進化心理学の実験結果でも美意識というか,魅力は社会によって違う
という結果がでている)。象徴論からすれば,「食べた」という
満足感が究極のもので,おいしい食品が生まれるのか? が問題。
・「プラント・ハンター」は組換えではなく,ヒトが原産地から
運んだ植物の話だが,ヒトは珍しいものに魅力を感じて遠距離を
運んだ歴史がある。江戸時代の花卉園芸では,万年青なんてどこが
いいのかわからないようなものに何万両も出すような文化があった。
(●中澤感想:これも植物の魅力が文化によることの例証か?)
・GMOは一般人が殺到しないから,我々に遠い存在であるが,local
には地域問題であることを考えなくてはいけない。実質的同等性と
いうのは,人間の五感を無視した,文化破壊につながりかねない
考え方である。
・食糧,インターネット,英語は,アメリカが説明する世界の幸せ
だが,他の世界の不幸かもしれない。文化を守る必要がある。しかし
GM問題は,自給を考えるには良い契機になった。現在は,科学の
戒律チェック段階(?)にあるといえる。

=====
Minato Nakazawa, Ph.D. <minato@sv3.humeco.m.u-tokyo.ac.jp>
Department of Human Ecology, Univ. Tokyo
[WEB] http://sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/~minato/index-j.htm


▲前の記事へ ▼次の記事へ △記事索引へ △青空MLトップへ

(注)この記事が最新である場合,上記「次の記事へ」はデッドリンクです。