葛貫です。
中澤さん:
>本来の自然の中では自分の生命を守る
>ためには常に緊張している必要があり,そのせいで逆に昆虫や植物
>の多様性がよくわかって,世界はこんなに多様な要素からできている
>のか,と実感されて,生が豊かになったような気がしました。
今、日本では、この緊張感が欠けているから、「身体を持って生きている」
という実感や、生きていることに対する執着が薄くなってしまっているように
思われます。
>もっとも,こんな感想は,無事に戻ってきたからこそいえるので,
>蛇に咬まれて死んでいたら,と考えると,自分の子どもを放り込む
>気にはなれません。マラリアのような死亡率の高い感染症が
>風土病としてある地域でもありますし,地元住民には,自動車道路を
>通して開発を進めることを望んでいる人が大勢います。そうすれば
>子どもが病気になってもすばやく病院に連れてゆけるから,という
>のです。そのためには多少生物相が貧弱になっても仕方ないと
>言う人もいます(多少でなく大いに貧弱になるというのなら,また
>反応は違うでしょうが)。なかなか難しい問題と表裏一体です。
今日(7月21日)の朝日新聞の夕刊に斜里町のクマのことが載っていました。
生活圏が重なる生物が、丁度良い距離を保ちながら、互いの邪魔にならない
ように生活して行くことは、とても難しいことだと思います。
ニホンカモシカと林業の関係にもいえることですが、保護か、駆除か、という
極端な形以外に解決する方法を見つけることはできないものでしょうか。
Y.Kuzunuki <kuzuny@geocities.co.jp>
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