[BlueSky: 1154] Re:1136 福岡産廃処分場死亡事故に関して


[From] ita@ls.toyaku.ac.jp (ITAHASHI Shiho) [Date] Mon, 29 Nov 1999 19:33:16 +0900

山地さま みなさま

こんにちは板橋@微生物生態屋です.ごめんなさい,暫く読んでおりませんでした.
でしたら興味深い議論がすすんでおりました.
定量的でない,おおざっぱな話で恐縮ですが,少しだけレスします.
水質調査の方は他の方がおっしゃっているので,細菌の話だけにしました.
(いま時間がないのでおたくも〜どにならない程度に)
私は自然界のことしか知りませんから,詳しいことは化学や衛生工学方面の方によろ
しくお願いします.相沢さんがお詳しいことと思います.
釈迦に説法ですみません,ご容赦を.

亡くなった検査員の方はお気の毒です.

この種の硫化水素中毒による事故は,けっこう起こっているように思います.川崎の
工場とか.やはり排水処理関係でした.産廃処分場に特有の事故ではないのではない
でしょうか.

この場での詳しい事情がわかりませんが,一般論,教科書的理解としては・・・・

◇化学および現場での挙動
硫化水素というのは,おおざっぱに言えば,まっ黒い泥のどぶくさいにおいです.
硫化水素は,水に非常に溶けやすいのです.1mlの水に2.58ml溶けます(20℃,1気圧
の時)(塩素と同じくらいです).酸性になると硫化水素のガスが揮発します.
酸素があると容易に酸化されて硫酸イオンになります.酸化する時に酸素を消費しま
すから,水中の溶存酸素はどんどん減ります.
また硫化水素を利用する細菌(硫黄酸化細菌--酸素呼吸-好気性,光合成硫黄細菌)
もいますので,そちらに利用され,元素硫黄や硫酸などになります.この硫酸イオン
によって金属が腐食し問題になります.

泥の中などで生成した硫化水素は,鉄などの金属と結び付いて,硫化物の沈殿(多く
は黒色)をつくります.(いっぱい集まれば黄鉄鉱=パイライトなど鉱物になります
ね.バクテリアルリーチングと言って,細菌によって硫化物を酸化させ金属を取った
りもしています).

◇起源および生物
硫化水素の発生源ですが,起源をはっきりさせるのは難しいとは思いますが・・・.
硫酸還元菌によって,硫酸イオンが還元されたものが主と思われます.
他に,硫黄を含むタンパクの分解,硫黄を含む有機物(ゴムなどでしょうか,その辺
の化学は強くありません)の化学的もあるとは思いますが,寄与度は低いのではない
でしょうか.
あくまで一般論および私の主観であり,ここではどうかわかりませんが.

酸素がなく有機物がたっぷりある状態(湖や海の底の泥,干潟,田んぼ,廃棄物の嫌
気処理槽など)では,有機物は最終的に硫酸還元菌またはメタン生成菌によって,二
酸化炭素まで分解されます.

硫酸還元菌は偏性嫌気性で,酸素が嫌いな細菌です(嫌気性菌と言います).
人間などは酸素で呼吸しますが,彼等は硫酸を使って呼吸します(硫酸呼吸).
餌は,種により異なりますが,低分子の脂肪酸など有機物,または二酸化炭素+水素
を使い独立栄養.
タンパクや炭化水素など高分子の有機物を分解するのは別の細菌で,それらとの共生
関係になっています.

硫酸還元菌による硫化物生成は,その辺のどぶでもどこでも普通に起こっている反応
です.メタン生成の阻害,マンホールの腐食を引き起こすなどで問題になります.

> 筑紫野市生活環境部、筑紫保健所及び保健環境研究所の
> 公表資料によると、ほぼ一日後の現場の大気測定の結果は、
> 硫化水素は以下のようになっていたということです。
> 深さ0m地点で120ppm
>   2.5m    610ppm
>   3.5m    150ppm
>   4.5m    870ppm


半数が死ぬ濃度は,ラットやマウスで700ppm程度だそうです.労働者の許容濃度は10
ppmです.むちゃく高いですね.
人が死ぬほどの気体の硫化水素が存在したということは,よっぽど大量の硫化水素が
生成され,酸素が激しく消費されていたのでしょう.一時的なのか連続的なのかよく
わかりませんが,現存量よりも生成-消費「速度」の方が重要かな,という気が直観
的にはします.深さ別の濃度がジグザグしているのは何でしょう?酸化?単なる測定
誤差?にしては・・.

最初に毒があるわけではありません.廃棄物(有機物)を大量に蓄積することで,も
ともとは私たちが「食べている」ものが,細菌の働きにより「毒」に変えられるのです.
そういう意味では,人工有機塩素化合物の汚染などとは,やや趣が異なりますね.

素人考えですが,簡単な解決策としては,かき混ぜるなどして,空気を送り込めば良
いと思うのですが.埋め立ての場合はそうはいかないでしょうし,排水をエアレーシ
ョンするには装置とか場所とか手間,お金が問題になるのでしょうが.工学屋さん如
何でしょう?
海水が入るようなところでは,海水中に多量に含まれる硫酸イオンが問題になるでし
ょうが,ここでは硫酸イオンのコントロールは難しいように思います.


詳しくは『嫌気微生物学』上木,永井編,養賢堂 1993をお読み下さい.

時間がないので,細かい話はできませんでした.すみません.
できるだけわかりやすく書いたつもりですが,不明な点などありましたらお申し付け
ください.
根拠を示せ,論文を出せ・・・などありましたら,できるだけ協力するつもりです.



私,実は硫酸還元菌が一番好きな細菌なのです.生物地球化学的な硫黄循環にも興味
津々です.いまは違うことをやっているので残念なのですが・・・.


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板 橋 志 保
東京薬科大学生命科学部細胞機能学研究室
192-0392 東京都八王子市堀之内1432-1
TEL:0426-76-7141 (内線3074)
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E-mail:ita@ls.toyaku.ac.jp
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