[BlueSky:06157] Re: 遺伝子と選別教育


[From] Kimio OTSUKA [Date] Sat, 02 Oct 2004 03:30:00 +0900

大塚です

 管理人らしい仕事も、投稿もできなくてすみません。

 あさってから出張などでしばらく留守にするので、とりあえず少し書いておきます。

 この話題、もつれていて、どこに返信すれば迷ったので、根っこにつけてしまいます。

 長くなってしまったので、途中で出てきた要約的な段落(+α)を先に挙げておきます。

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 「知能、性格は遺伝子による部分もあれば、環境による部分もある。それらの相互作用は複
雑で、〇〇%が遺伝という値よりも、個々人に合った育て方を考えるのが重要である。」と
いった感じでしょうか。遺伝子・環境の組み合わせの膨大さを思えば、ゲノムから適した教育
がわかるというのは、幻想だと私は思います。
 遺伝子の関与が大きくても親子が似ていることには必ずしも結びつかない
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 私は優生にきわめて否定的です。これは有名なフツイマの進化の教科書でも否定的に扱われ
ています。また、最近の市場主義的な教育改革論議にも否定的です。
 ゲノムの解読や、遺伝子と病気に関して次々と発表されるニュースに触れていると、「教育
改革国民会議」という厚かましい名称の組織(これも多分に小渕借金王の負の遺産だと思いま
す)の江崎玲於奈座長の
 「遺伝情報が解析され、持って生まれた能力がわかる時代になってきました。(中略)いず
れは就学時に遺伝子検査を行い、それぞれの子どもの遺伝情報に見合った教育をしていく形に
なっていきますよ」
が、目前のような気になるかもしれませんが、実際は実現するとしてもいつのことになるかわ
からないことだと思います。一方、ゲノム情報による差別はもう、目前の危険だと思います。
(ゲノムの話は次の機会に譲ります。)

 知能の遺伝についてですが、

 MISONOU さん(06119):
>安藤寿康「心はどのように遺伝するか」講談社ブルーバックスB1306(2000)
(中略)
>また,同書では知能の遺伝率(遺伝によって決まる割合)を0.52としています.
>#つまり,半分は遺伝で決まるということです

 表現型は、どんな遺伝子の組み合わせを持っているか(遺伝子型)と、環境とで決まると考
えられます。で、遺伝率とは、

 表現型のばらつき = 遺伝子型のばらつき + 環境のばらつき   (1)

と分割した時に (遺伝子型のばらつき)÷(表現型のばらつき) で表されます。統計的な
量です。恥ずかしながら集団遺伝学をあらかた忘れているのですが、遺伝率が求められるため
には分布の形などいろいろと前提条件があります。身長のような形質はその前提を満たしてい
るのですが、知能などにはとても適用できないと思ったことを覚えています。統計は前提を無
視しても式に値を代入すれば結果を得ることができますが、しばしば無意味なととされます。
知能の遺伝率の研究は業界全体がかなり強引にこの点を突破しているように思います。0.52
というとずいぶん正確に求められている印象を持ちがちですが、最初の一桁目にもたいした意
味はないと思います。
 で、(1)の分割は知能指数では全然うまくいきません。交互作用というのが大きくなりま
す。遺伝子の影響が単純な足し算ではないのですね。ある環境での順位と別の環境での順位が
入れ替わってしまうことが頻繁にあるということです。当たり前のことですが、その子に合っ
た育て方が重要だ、ということです。遺伝率の方を強調するのは、(1)の分割が成り立たな
いことから言っても望ましくありません。
 「知能、性格は遺伝子による部分もあれば、環境による部分もある。それらの相互作用は複
雑で、〇〇%が遺伝という値よりも、個々人に合った育て方を考えるのが重要である。」と
いった感じでしょうか。遺伝子・環境の組み合わせの膨大さを思えば、ゲノムから適した教育
がわかるというのは、幻想だと私は思います。

 さて、遺伝率という言葉は、子が親に似ている割合を示しているように見えます。身長など
のように本当に遺伝率が計算できる形質はそうですが、知能のような本来複雑な背景がある形
質ではその点もあやしいと思います。ポーカーや麻雀(どちらもルールをちゃんと覚えている
わけではありませんが)の役や点のような側面があると思います。カードの組み合わせを遺伝
子型、役の強さを表現型ととらえると、遺伝子で完全に決まっていても、強い役(ストレー
ト: 1 2 3 4 5)と強い役(フルハウス: 7 7 8 8 8)を混ぜ合わせて5枚取り出す(交配)と
たいていはろくな役にならないことでしょう。ヒトの遺伝率は一卵性双生児と二卵性双生児と
の比較で求められることが多いのですが、上述のような事象は遺伝率の計算結果を高くはしま
すが、親子が似ることにはほとんど貢献しません。遺伝子で全部決まっていても親子ではまず
絶対に一致しない例が臓器の移植適合に関与する免疫の型ですね。
 ストレートやフラッシュがどこに出てくるかわからないので、教育の機会均等を徹底して公
教育のレベルを上げるべきである、というのが私の考えです。安易な市場化や幼年期での選抜
には反対です。

 以下、感想です。

 IQ に効く遺伝子の例が挙げられていますが、4という値がこれほど話題になるほど、個々の
遺伝子の関与は小さいのだな、と思いました。IQ に効く遺伝的な変異といえば、ダウン症や
種々の代謝異常などもっと大きな影響を持つものがたくさんあると思うのですが、知能だけに
効いていそうだという期待があるのでしょうね。

 江崎氏は物理学者で、大学助教授時代の毛利氏の主な研究テーマも「核融合におけるプラズ
マと真空壁材料との相互作用」という物理的なものでした。巌さんや私のような生物の多様性
や進化との関わりが多い人とでは考え方に違いがあるように思います。

 最近の教育の市場化や公教育の予算への削減圧力を見ると娘(2歳)にはまともな教育の
チャンスが巡ってこないのではないか、と暗澹たる気分になります。アメリカのような、ほん
のひとつまみの大金持ちのために貧しい階層が戦場で命を落とす国が、アメリカから裏金をも
らっていた岸の派閥の世襲政治家たちの理想なのかなあ、と思います。


(サイズ制限にかかりませんように)

大塚公雄
茗荷谷の谷底にて

PS.
 教育改革国民会議は、「緊急アピール」
http://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku/0511appeal.html
に見られるとおり、「青少年による衝撃的な事件が続いている。」という危機感をバネに作ら
れ、政権の希望通り教育基本法の改定などを提案しました。

 さて、BlueSky の皆様にはご存じの方が多いと思いますが、少年による殺人を最も多く生み
出した世代は最近の世代ではなく、昭和10年代生まれです。教育改革国民会議の有識者の
方々には、昭和10年代生まれがたくさんいます。が、配付された資料
http://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku/dai2/siryou5/37.html)では、凶悪犯罪は古いデー
タはカットされていて、最近になって増えているかのように見えます。彼らに「自分たちはど
うだったのだろう」という自省心・探求心があれば、「自分たちの世代でたくさんいた殺人者
が後の世代で減ったのは何故だろう」という有意義な議論ができたのでしょうが、残念です。
提案の中には、「少人数学級」とか、前向きに検討してほしいものもありますが、政府に取り
上げられるのは、唯一有識者に選ばれた現場の教師も望んでいなかった教育基本法の改定。
 小渕さんの遺産のうち、借金は捨てるわけにはいかないのですが、こちらの提案は捨てるこ
とができるので、その方向で検討してもらいたいものです。


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