[BlueSky: 612] Re:585 集団生物とことば


[From] Minato Nakazawa [Date] Thu, 26 Aug 1999 20:01:49 +0900

中澤@東京大学人類生態です。
げんごろうさん,こんにちは。

●蓄積する文化は悪か?
●アルフレッド・クローバーはかわいそうか?
●人類生態学とはどんな学問か?
の3点についてコメントします(長文です)。

(件名:[BlueSky: 585] Re:562 集団生物とことば に於て)
Tue, 24 Aug 1999 06:20:41 EDT頃,GENNGOROU@aol.comさん:
> その当時、認識されていない物事に、「超」をつけたくなる
> 気持ち、わかるような気がします。
いえ,有機体というのは生物という意味ですから,
生物を「超えている」という意味で,「超有機体」
なんです。

●蓄積する文化は悪か?
> 蓄積する知識が悪いと思い、文字とか紙がなかった時の
> 人類の安楽な生活をうらやましいと、思います。
気持ちはわからなくもないです。生物は脳のみで
生きるわけではないのに,アンバランスに脳化が
進んでしまっているから不幸だということですね。

うーん,しかし,知的好奇心や知識の蓄積は,現存
する人類が,他のヒト上科の親類よりも高い適応度
を発揮して生き残ってきたという事実から考えると
きわめて役に立った「脳の癖」ですからねぇ。
現存する人類が,文化を全否定することは,自分の
脳を否定することになり,ひいては自我を否定する
ことにつながってしまいませんか?

蓄積する知識が膨大になりすぎると,生物としての
ヒトに負担をかけすぎるというのはわかりますが,
それは,脳の体外への拡張であるコンピュータが
もっと使いやすくなれば解決できそうな気がします。
#甘いかもしれませんが。

●アルフレッド・クローバーはかわいそうか?
> なんだか、クローバーという人、
> かわいそうな人ですね。。
ぼくの説明不足だったと思いますが。アルフレッド・L・
クローバーは,「超有機体論」こそ異端として退けられ
ましたが,1960年に84歳で心臓疾患が原因で亡くなるまで
人類学界の第一線で活躍し続けた人です。カリフォルニア・
インディアンの民族誌や「文化成長の諸形相」などは,
当初から高い評価を受けていますし,41歳でアメリカ人類
学会会長にもなっていますし,「かわいそう」ということ
もないと思います。「超有機体論」も,文化人類学者なら
一度は目を通さねばならないとされている論文ですから,
無視されているわけではないのです。

奥さんのシオドーラ・クローバーの著作や,娘さんの
アーシュラ・K・ル=グィンが書いたSFの諸作品にも,
彼の思想は影響を与えています。シオドーラが書いた
「イシ」岩波同時代ライブラリー,1200円は,いろいろ
考えさせられる作品なので,一読をお薦めします。

イシは,白人によって皆殺しにされた北米インディアン,
ヤヒ族の最後の生き残りで,何年間も一人で隠れて
暮らしていたのですが,孤独で悲惨な暮らしに耐えきれず
白人の世界に出てきて,いきなり近代都市の真ん中での
暮らしを体験した人です。アルフレッドは,イシを最も
親しく知っていた人物の一人であったにもかかわらず,
イシの物語を書こうとはしなかったそうです。なぜなら,
アルフレッドはイシの部族が自分もその一部である白人
によって殺戮されたことを知っていたし,イシ自身も,
白人の世界に出てきてわずか5年後に結核(白人到来前
のインディアンの世界にはなかった病気)で死んでしまった
からです。イシの物語を書こうとすると,悲しみや怒り
や責任感がこみあげてきたので書けなかったのだろう,と
アーシュラが書いています。

イシの死体を解剖するという話があったときに,アルフレッドは,
「科学研究のためとかいう話が出たら,科学なんか犬にでも
食われろ,と私の代りに言ってやりなさい。われわれは自分らの
友人の味方でありたいと思います。」と書いて反対したそうです。
彼の人となりを示すエピソードと思います。

> ● 今は、日本にこのような「クローバー」的な考えをしている方は
>   いらっしゃるのですか?
文化に自律性を認めるという意味であれば,
表現形式は違いますが,かなりいるのではないでしょうか。
具体的に誰と名前をあげることはできませんが。

#マクロ○×学という名前の学問は,ほとんど全部が
#暗黙のうちにこれを仮定しているのではないかと思います。

●人類生態学とはどんな学問か?
> ● 中澤さんが研究している、人類生態学とは、どんなことなのでしょう。
(中略)
>   思うのです。。が、そういう新しい学問なのですか。。
そうです。ヒトの集団がどうやって地域環境に適応しながら生き延びて
来たのかを総合的に明らかにすることを目的とした学問です。教科書的
に言えば。

もっとも,研究者ごとに捉え方が違うので,ぼくが考える人類生態学が
すべてというわけではないんです。そのために,ぼくは自分のWEBサイトに
「中澤 港の『人類生態学の粋』」と,わざと自分の名前をつけています。
ぼくのサイトの記事は,部分的に異様に細かいところまで書いてあるわりに
全体像が書けてないので,森山さんの「ネットサイエンス・インタビューメール」
の記事をご覧頂いた方がわかりやすいかと思います。
http://www.moriyama.com/netscience/Nakazawa_Minato/index.html

取り急ぎ。

=====
Minato Nakazawa, Ph.D. <minato@sv3.humeco.m.u-tokyo.ac.jp>
Department of Human Ecology, Univ. Tokyo
[WEB] http://sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/~minato/index-j.htm


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