[BlueSky: 513] おとなの責任 Re:475 , 427 子供の遊び


[From] Ken Goto [Date] Fri, 20 Aug 1999 00:57:49 +0900

喜多さん、長峰さん、ゲンゴロウさん、青空MLの皆さん

                        後藤@帯畜大です。
ゲンゴロウさん【441】:
> ところで、ザリガニは食べられるんですね!
> (そのお兄ちゃんは生きているんだろうか・・・)
はい、農薬漬けにはなっていなかった筈です。ん?ピントはずれました?
(グループ分けの問題については別のメールにします)。

喜多さん【475】
> 今なら結構「大問題にも発展するかも」,私など,昔,路面電車(ちんちん電車)に
> ,釘を置いたり,結構大きめの石を置いたり,電車がやってくるのを,耳をくっつけ
> て楽しんで,土手下の麦畑に身を潜めて,固唾を呑んで見ていました。後年,少年達
> が,大阪の京阪電車に,大石が置かれ,大事故になったと記憶しています。

う〜ん、喜多さんも、ゲンゴロウさんに劣らず、悪餓鬼だったのですね。
僕は、そういう大惨事になる危険性のあることはしませんでした。

> 私は良く有名人などが,テレビ等で「野原へ行って思いっきり自然の下で,思いっき
> り遊んで欲しい」と言う様な事を聞くのですが,これを,今の子供達に言っても「無
> 理」ではと思うのです。自分達がやったのか,或いはやれなかったのか,判らないけ
> ど,その昔の「幻想」を子供に要求しても,

全く同感です。
ただ、僕はこの問題を環境問題やいじめの問題の文脈で捉えたいのです。
例えば、一ヶ月ほど前のメールですが、↓

[BlueSky: 121] Re:119 ターザンごっこのできる町:
> 結局、心のゆとりをとりもどす動きも、豊かな自然環境をとりもどす動きも、車
> の両輪のようにして進めていってはじめて、どちらも「回復」できるのであって、
> 一方が他方と無関係に進められている間は、余りうまくいかない(回復できない)
> のではないか、と思っています。
>
> 子どもが天衣無縫に遊べる環境をとりもどすことは、人間対人間、人間対自然の
> 柔らかく暖かい関係をとりもどすことに繋がるし、逆もまた真なり、と僕は信じ
> ています。

つまり、僕は「こども」に求めているのではなく、「大人」に求めてい
るのです。こどもたちにそういう環境を取り戻してあげるべきではない
か、という視点です。

長峰さん【477】:
> 喜多さん【475】
> > 私は「善悪」は別にして「子供はその時代に沿った遊
> > びを彼等が見つける」と思っています。
>
> 私もそう思います。子供は子供なりに、身の回りにある物(人や動物を
> 含めて)をおもちゃにして遊びを発明していくと思っています。ですか
> ら、子供が遊べないようにしている最も大きい要員は親だと思っています。
> 今の幼児教育の弊害は大きいと思います。

親のつとめ、というのはなかなか難しかった、というのが僕の率直な感
想です。

理想的には、遊びや教育は放任(ただし、国語と算数だけはしっかり)。
でも、躾は厳しくしたい。でも、現代家庭では(典型的には)この逆に
なっているのではないか:遊びや教育は雁字搦め、躾は殆どなし。

でも、親だけを責めるわけにもいかない。遊びを放任するのに、適した
地域環境にはなっていない。車は危険過ぎる。石投げ遊びより危険だ。
塾通いが増えたために近所に遊び相手も減少した・・・。そこを何とか
したい、というのが僕の願いです(ま、子育ては一応卒業したのですが)。

後藤 健
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帯畜大 生物リズム学 Phone (& Fax): 0155-49-5612

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