[BlueSky: 3621] ATTAC 交流会レポート


[From] YOSHINORI ENDO [Date] Wed, 05 Sep 2001 14:22:09 +0900

 こんにちは。遠藤@埼玉です。
 今日は、8月31日に開かれた、ATTAC説明会が開かれました。
 説明会に先立って開かれた、交流会での大野さんのお話をレポートいたします。
 詳しい内容は、ATTAC・ニュースレターチームから全文がでますので、それをお
待ちいただければと思います。 

 交流会:日本農業をとりまくグローバリゼーションの新段階
 講師 大野和興(アジア農民交流センター事務局長)

 ATTAC相談会に先立ち、問題意識の共有化として交流会が1部としてもたれま
した。
 講師として、アジア農民交流センター事務局長の大野さんがお話をしてくだ
さいました。この中で、最近の輸入野菜の急増の陰には、昨今の遺伝子工学の
発達で、それによって作られた野菜が増えているせいもあるらしいです。です
がその代償として、口締疫や狂牛病が蔓延していると指摘しています。

 日本の「食のグローバル化」は'60年代から始まっています。
 1960年、貿易自由化為替大綱で、農林水産物121品目が自由化されました。
また、同時進行で農業のアメリカ化という「近代化」と並行して日本独特の農
業風土が、衰退します。元来、日本の農業は「二毛作」が盛んだったそうで
す。夏は米、冬は、麦を作っていたそうですが、こんなことができたのは東
アジアでは日本だけだったそうです。ところがアメリカの農業政策の影響で、
化学化、単作化、機械化が年々進み、その結果、旧来の作物体系は崩れてしま
いました。その結果、徐々に日本の農業が内での食糧自給率は徐々に下がって
いき、今では国内で自給できる穀物はコメだけになってしまいました。アメリ
カの農業政策が日本古来の農業の良さを奪ってしまったのです。

 アメリカは戦後、'50年代から一貫して「穀物は武器になる」と、開発政策
と食糧政策を一体化した政策を採ります。援助するかわりにアメリカの食糧を
買わせるようにしたのです。これは'70年代終わり、アメリカで農業恐慌がお
こって、政治と穀物商品化の分離がおこなわれるまで続きます。
 
 '85年のプラザ合意で農業国際化が喧伝され、翌年の「前川リポート」で石炭
産業と農業の国内からの撤退が進んで以後、日本はむろんのこと、海外におい
ても加工食品工場の海外移転が進みます。また、食品グローバル化もかつての
穀物から野菜へと変化します。バイオテクノロジーの変化で、野菜もたくさん
の種類がでてきましたが、それらの多くは先進国向けの作物だそうで、実際に
生産している途上国の人々の口には入らないとか。
 今の農業(食糧)事情は、種を輸入してそれを育てて売るという世界化ネット
ワークが進んでいます。その主役が農薬会社、種苗業者なのですが、かれらが
種と農薬市場を統合しているそうです。ですから、国際的な食糧政策というの
は、、今や国家を超えて超国籍企業の意向がかなり反映されているらしい。発
展途上国の農地改革も彼らの意向が多分に含まれているから遅々として進まな
い。さらにそれを支えているのがFAO、WTOなどの国際機関だそうで、日本の農
業政策もこれらの意向を無視してできないのだそうです。

 最後に、いろいろと問題になっているセーフガードについて触れられていま
した。彼にいわせれば、これからの農作物問題は政府が出ていってもうまくい
くはずがない、当事者の農民同士が対話して初めてうまくいくんだということ
をいっていました。現に漁民同士の交流はおこなわれているらしいです。
 
 今回のセミナーの収穫は、超国籍企業が途上国でやっている行為がいかにひ
どいか、ということでした。今までの国際問題は、国と国との問題が主でした
が、これからは一般民衆対超国籍企業・国際機関・及びそれらを支える連中と
いう気がいたします。 自分は南北問題に関心があったので今回の会合に顔を
出したのですが、平和問題同様、様々な分野が複雑に絡み合っているんだとい
うことがよくわかったのでした。

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      遠藤嘉則 Yoshinori Endo
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