小宮さん みなさん
須賀です。
小宮さん:
> http://www.npa.go.jp/toukei/keiji1/juyo-hanzai.htm
> 犯罪統計資料ー重要犯罪総数
> *「重要犯罪」とは、殺人、強盗、放火、強姦、略取誘拐及び強制わいせつの各罪
種
>
> 年次/認知件数/認知指数(平成3=100)/検挙件数/検挙人員/検挙率/犯罪率(10万人
当たり)
> 昭和46年 14,580 155 12,790 14,621 87.7 13.9
(中略)
> 平成元年 8,795 94 7,059 5,912 80.3 7.1
(中略)
> 12年 18,281 195 11,049 9,954 60.4 14.4
>
> この資料を見ると、重要犯罪の総数は平成元年まで減り続けた後、
> 一転して増え続け、平成12年では昭和46年の数値を超えています。
> 決して今の日本は昔に比べて犯罪が減っているとはいえないと思います。
確かに、犯罪が減っているとはいえないというのは
そうかもしれませんね。
そして、「犯罪の数」は何で決まるか、ということにも
わたしは興味をおぼえています。
公共サービスや公権力(警察の仕事もそのなかに
ふくまれます)は税金でまかなわれています。
その活動資金や人的エネルギー(公務員)は無限に
あるわけではありません。
当然、どこかに配分を重みづけしたりそれを見直したり
するということがなされます(議会で予算を決めるのも
その重要なプロセスです)。
「犯罪の数」はそうした労力の配分そのものによっても
決まる部分がある程度はあるのではないでしょうか。
行政がになっているほかのたくさんの分野の仕事の「成果」
と同じように。
そしてマスメディアが報道する事件の比率も同じような
原理の影響をうけるのではないかとわたしは思います。
このことには、犯罪をゆるす、あるいはゆるさないということ
とはすこしちがった側面もあります。
個々の人間や組織がもっているエネルギーは無限では
ない。そのなかで何にどれだけ配分するかというのは、
大きな決断です。この話題よりももっとせまい意味での
「環境」へのとりくみの成果も、そうした配分のあり方から
無関係ではいられない。
そういうきびしいせめぎあいのなかに、ひとりひとりの
幸福も、この社会の未来への選択も、ひとしくおかれて
いるのではないでしょうか。
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