[BlueSky: 299] Re:294 RE:238 小学生に環境問題をどう教えるか?


[From] ymizuno@yo.rim.or.jp (水野義之 (Y.Mizuno)) [Date] Thu, 5 Aug 1999 08:54:28 +0900

後藤さん、京都女子大の水野です。

適切なコメントをいただき、ありがとうございます。

At 16:29 1999.08.04 +0900, Ken Goto wrote:
>う〜ん、とても高度な要求だ、と僕は感じます。【269】でも述べましたが、
>幼児・初等教育で、僕が最も恐れるのは「背伸び」「頭でっかち」の危険性です。
>
>・・・それは、見かけ上、いいことはしているかもしれませんが、「いい子」を
> 装っているだけで、本人自身も苦痛を感じているだけ、だと思うのです。

おっしゃることはわかります。気をつけなければ。

ただ、私が感じていることは、環境問題に関する知識は、マスメディアとか
子供向けのまんが、大人の会話等でどんどん入っていて、もう「頭でっかち」に
なっていると思うのです。でもそれは断片的な知識に過ぎないのではないか。

あるいは、報道する側が定量的な問題把握が出来ていない場合が殆ど(メディア
は話題性のあることしか報道しないし、出来ない)ので、そういう部分が決定的
に欠落していると感じています。

分析のない「不安」を伝えているだけですね。だから、子供たちも、むやみに
自分も何かしようとするのだけれど、問題を考えた結果ではないわけです。
不安を植え付ける教育をしても仕方がないわけです。そして、教育の論理が、
一人一人が気を付けよう、という方向に収束しているように、思えます。

でも、それではどうにもならないのが、環境問題ですよね(例えば、気を付け
ない人も、必ず共存しているのが、社会です。気を付けても毎年必ず、1万人
もの人が死ぬのが交通事故なわけです)。何か、今の教育の結果、子供たちは
学校で言われていることをそのまま信じているだけ、ですね。実践が、不安と
つながっていかないわけです。

だから学校でやってほしいことは、ご指摘のように、みかけ上の「いい子」
を増やすのではなく、そういう「背伸び」「頭でっかち」的知識や実践の
内容のなさ、根拠のなさ(不安材料の蓄積をしても、仕方がないということ)
に早く、気が付いてほしい、というようなことです。

子供たちは、人類は(地球は)そのうち、滅びるんではないか、という
漠然とした不安を持っていますね。

学校でやるべきことは、それを「考えられる」、ということだと思います。
つまり、考えるための「言葉」と「論理」を与えてやること、だと思うのです。
問題のイメージはもう十分に植え付けられているのではないか。

そうすると、問題を語るための言葉は、まず問題の定量的な把握(数字)です。
そしてその数字の意味を把握すること。

。。。と、やはり小学生には難しいでしょうか? ^^;;;

>
>集団訓練(人間的コミュニケーションの養成)をつめば、人間は、性に目覚める
>頃、自発的に(より広範的な意味での)社会正義にも目覚める、と、(少ない個
>人経験、及び人間の生物学的特性に対する考察から)考えるのです。

これはおっしゃることはわかりますが、人間が最初に目覚めるのは、まず、
「自分のこと」ですよね?自分とは何か、ということを考え始めるわけです。
その上で、社会正義に目覚めるには、私はかなりの訓練が必要であるように
思うのですが。

>
>自発的に目覚める、という点を僕は重視したい。なぜなら、それは、こども自身
>の生活要求そのものから出てくる自覚だから、本当の(真剣な)課題になってい
>る筈だからです。

これはまったく同感です。

>
>思春期前のこどもについて正式な勉強をしたわけでもないので申し訳ないのです
>が、僕は、思春期前のこどもは、基本的に腕白でお茶目の段階にあるのが自然だ、
>と思うのです。

私も、そう思います。

>・・・で、「こどもらしく育った」あとに、思春期に悩み、、、はじめて、視野
> を広い社会に向ける十分な準備が整う、と思うわけです。

その間に、もう一ひねり、必要なような気がしていますが。。。

>
>だから、ローカルな課題でローカルな実践に「閉じて」いた方が、思春期前の段
>階ではむしろ好ましい、というのが僕の考えですが、いかがでしょうか?

う〜ん、どうなんでしょうか? ローカルな課題でローカルな実践のはずが
実は開いている、という感覚、繋がっているという感覚は、持たせられると
思うのですが。

例えば、今夜のおかずのエビはどこからきたの?とか、中国の一人っ子
政策を批判するのは簡単だけれど、食糧の肉食化が進んでいることを
考えると、あれだけの人口を養うには世界の食糧問題にまで影響が
あるんだとか。マクドナルドのポテトチップのじゃがいもはどこから来たの、
とか、それが実はポストハーベスト農薬の問題で国際的な(WTOなどでの
規制値などで)問題になっているんだとか。

こういう問題意識は、もっと先のことでいいんでしょうか???

私は、小学生への教育目標というのは、具体的個別知識の獲得を支援する
ことであると思っています。物理でいえば、現象論をやる段階ですね。
その面白さ、といったらいいのか。そういうことをたくさん、学んでほしい。

で、グローバル感覚とか、定量的な問題の難しさ、とか、ネットワーク感覚
とか、そういったことを、具体的、個別的な事例を通して、小学生にも理解
させることは出来るのではないか、というのが私の主張です。(だから
もちろん、間違っているかもしれません^^;)






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Y.MIZUNO 水野 義之 (大阪府 茨木市)
http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~ymizuno/
==> Kyoto Women's Univ. http://www.kyoto-wu.ac.jp/


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