[BlueSky: 2216] 害虫とレッドデータブック


[From] "SUKA, Takeshi" [Date] Thu, 10 Aug 2000 19:18:45 +0900

須賀です。

先日、僭越にもある大学で1日だけ特別講義をさせていただく
機会がありました。生物多様性の保全とその構成要素の持続可能
な利用、といったかたくるしい内容について、おもに昆虫生態学
に関係する視点からしゃべりました。

そのなかで、レッドデータブックについても少しふれました。
レッドデータブックというのは、絶滅の危険のある生物の種
を、その危険性の度合いに応じてランクわけしてリストアップ
し、生息状況や危惧される要因などについて記載した本です。
日本では環境庁がつくっており、現在地方版も自治体レベル
で作成がすすんでいます。レッドデータブック自体は法的に
保護のための規制にむすびつくわけではありませんが、環境庁
や自治体がつくったものは公的な文書になるので、環境アセス
などでそれなりに考慮されることになります。

さて、その講義のなかで、害虫はレッドデータブックの対象
にならない、ということをたまたま話したら、疑問をもった
学生さんたちがすくなからずいたようで、そのことにわたし
は新鮮な感じをもちました。なぜ害虫は対象にならないのか、
という質問をされて、うかつにもわたしはこたえられなかった
のです。環境庁版はそういう方針でつくられているという
ことをどこかで小耳にはさんだもので、それをなんとなく
面白いと思い、雑談気味に話したら、スルドイつっこみを
いれられたというわけです。この理由、ご存じの方はご教示
いただけないでしょうか。

わたしが自分なりに考えたのはこういうことです。そもそも
昆虫はあまりにも種類が多すぎ、日本において未確認の種類
もたくさんいると考えられる。そのなかで絶滅の危険性に
ついて評価の対象になりうるだけの情報があるものはチョウ、
トンボなどごく一部のグループにすぎない。だから害虫以外
でも評価の対象に事実上なっていない昆虫が大部分である。
また害虫の個体数は人間の農業生態系の管理のありかたに
よって大きく増減するもので、ほかの野生生物と同列に絶滅
の危険度を評価してもあまり意味がない。このようななかで
あえて害虫まで評価の対象にくわえると、たとえば農業関係
者・団体から反発をうけ、レッドデータブックの政治的意味
についてたいへんこみいった議論をしなければならなくなる。
だから害虫は対象としないというのが「現実的な」判断で
ある。

このようにすらすらと講義のときに説明できたわけではなく
今、あらためて考えるとこういうことかな、と思うわけです。
このような説明では納得しない方も大勢いらっしゃるだろう
とは思いますが、わたしは、ほかにたぶんやりようがないの
でこうならざるをえないだろうな、という意味で納得します。
ところが、講義のあとに書いてもらった感想文をみても、
まるで人間が神の位置にいるとでもいうような感じがする、
といった感想を書いてくれている学生もいて、認識のずれ
に新鮮な感じをもったわけです。

この問題について、みなさんはどう思われますか?

Takeshi SUKA
Nagano Nature Conservation Research Institute (NACRI)
E-mail: suka@nacri.pref.nagano.jp


▲前の記事へ ▼次の記事へ △記事索引へ △青空MLトップへ

(注)この記事が最新である場合,上記「次の記事へ」はデッドリンクです。