[BlueSky: 2132] Re:1972 ケナフ


[From] "Hisao Fujii(藤井 [Date] Fri, 07 Jul 2000 12:15:22 +0900

皆様、小宮様、伊藤様
森林総合研究所 企画調整部 部付 藤井 久雄

 随分時間が経ってからで申し訳ないのですが、以前に本MLでご紹介の有りま
した、ケナフにつきましての森林総合研究所のWebページについて投稿させて
いただきます。

 ご紹介のあった森林総合研究所植物生態科のWebページ(
http://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/peco/index.htm
の「よくある質問と回答」ページの内容には、明らかな誤謬点や偏りがあって、
とてもこの状態で公開していて良いものとは思えず、しかも森林総合研究所植物
生態科長等に再三申し入れをしてもなかなか訂正がなされませんので、勝手に誤
謬点の指摘記事を書かせていただきます。問題点と思っていますのは、次のよう
な点です(同じページのケナフ以外の部分についても若干記載します)。

----------------------------------------------------------------

> 「Q.ケナフで紙を作ると森林の保護になりますか?
> A.いいえ、森林の破壊につながります。
> 非木材紙が木材を使わないのは事実ですが、非木材紙にもいろいろあります。
>  1.稲ワラやバナナの茎のように、たくさんの量が未利用で捨てられて
> いるものを有効に利用すると木材の使用量を減らすことができる。
>  2.ケナフや産業用大麻を使うには、それらを育てる場所が必要。
>  森林を伐採してケナフ畑にするのは、典型的な森林破壊です。アマゾンの
> 森林を燃やして牧場に変えるのと同じことです。
>  では、空き地や休耕田に植えるというのはどうでしょうか?単に紙作りの
> 学習をするだけなら問題は少ないのですが、木材パルプの代替とするほど大
> 面積に植えるとしたら? なぜ、そこに木を植えないのでしょう。ヨーロッ
> パやニュージーランドなどでは不要になった農耕地や放牧地に木を植えて森
> 林面積を増やしています。「木を植えた男」という童話のとおりです。森林
> にできる場所をケナフ畑にするのも森林破壊と言えるのではないでしょうか。
>

というくだりは、わが国でケナフを栽培しパルプ輸入を減らした場合、オースト
ラリアの野生動物のすみかであるユーカリ天然林の伐採や、タイで農民の農地を
奪って行われているユーカリ植林といった問題を減らすことが出来るという大き
な側面に全く触れず、偏った側面だけ取り上げてケナフは森林破壊につながると
断じた、不適当な文章で、公正を求められる国の機関が書いた文章として、極め
て不適切と思います。ケナフの利用を進めている、市民やNGOや環境教育に携
わる者やその他団体にとってみれば業務妨害ともなりかねませんので即時に訂正
が必要だと思います。

 稲わら等の利用可能性についても触れておられますが、紙質や他用途との兼ね
合いがあって稲わらで代替できるというふうには簡単にはいかないと考えられま
す。
 また、空き地や休耕田に植えることについても、何故木を植えないのか、と書
かれていますが、一度休耕田を森林にすれば農地に戻すのは大変でしょうから、
いつでも食糧生産に振り替えられるように残しておきたいという事情は当然ある
はずです。
 このようなだれでも少し考えればわかる、明らかな偏向記事を公然と書いてい
ることは許されないことだと思います。


 同じく上記ページの
> Q.ケナフ栽培は発展途上国の山村経済に役立つのではありま
> せんか?
> A.点在する空き地にケナフを植えれば農民の副収入になる、という
> アイデアを聞きます。本当にそうでしょうか。むしろ、1年生であることが最大
> の欠点になります。・・・パルプ原料として売る場合には、量をまとめることと、
> 仲買人の値切り要求に負けない体制が必要になります。・・・森林の場合は簡単
> です。「では、今年は伐採をしません。」という選択ができます。・・・(ケナ
> フの場合は)仲買人の言い値を拒否すると自分で貯蔵しなければなりません。貯
> 蔵しておいたケナフが腐ってしまい、収入にならなかった例があるようです。結
> 局、泣かされるのは立場の弱い農民です。 以上の理由から、ケナフによるパル
> プ生産は勧められません。空き地があれば、木を植えましょう。」

という記述も問題があると思います。
 別に私も、途上国におけるケナフ栽培は勧めません。しかし、タイではユーカ
リが農地を奪って植林され、農民と相克を起こしています。上記文章は、木で有
れば問題が無いかのような書き方ですが、木の場合、植えてから伐採するまでに
成長の早いユーカリ等でも10年ほどの期間が必要です(途中に間伐もあります
が)。タイのユーカリ植林は、大部分が山地ではなく平らな農地として使えると
ころで行われています。今すぐ生活にお金の必要な貧困層の農民にとって何年も
先の収入のために農地に木を植えることは難しいことでしょう(田圃の脇に植え
る程度なら簡単に可能でしょうが)。そういうことが容易に出来るのは資本家で
あり、農業生産に使える土地が資本家によって囲い込まれ、しかも人手も1度植
えてしまえば農地に比べて掛かりませんから農民が雇用等で雇われてもそこで得
られる収入は農地の場合に比べ僅かになるかもしれません。そういった理由から
(他に水必要量が大きく地下水が枯れる等の理由もありますが)、タイでは以前
からユーカリ植林に対する農民の強い反対運動があり、ユーカリ植林地が燃やさ
れた事件や、ユーカリ植林見直しの方針が出されたことも有ったものです。無論
農民等が共同で共有地等に植えている事例や農地の脇に植えている事例もあり、
そういう場合は上記のような問題は無いと思いますが、私有地や王室有地内等に
おけるまとまった植栽については、このような問題は起きてきたものです。
 無論こういった問題点にも、請負栽培等の是正策も取り得るでしょうしそうい
う改善もされてきている部分もあると思いますが、未だにタイではユーカリ植林
を巡る農民との土地の相克が伝えられている点から見て、完全な是正には至って
いないのではないと思われます。
 私も熱帯地域ではケナフ栽培が望ましいと思っているわけではありません。過
去にタイでは大量のケナフが栽培されていた時期がありましたが、土地を酷使し
ての商品作物栽培は問題があったと思いますし、パルプを生産するためなら環境
保全上の観点から熱帯地域では樹木の方が好ましい場合が多いと思います。ただ、
上記のようなユーカリ植林を巡る問題点に触れず、農民にとって経済的に樹木を
植える方が1年生作物より良いような内容になってしまっていることは、一面的
で問題があると思います。


> Q.ケナフは森林より成長が良いですか?
> A.そのようなデータはま
> ずありません。肥料がきいた畑で育てたケナフと、やせ地のアカマツ林の比較な
> ど問題外です。 もし、ケナフの成長が自然植生より良ければ、ケナフ自身が自
> 然破壊を引き起こすことになります。

 データを伴わない極めていいかげんな答えです。国内で、最近マスコミやWeb
ページ等で報じられているケナフの成長量のデータを見る限り、森林より成長が
良いものがいくつもあります。

 一般に、草本種は木本種より非同化部分が少なくその部分の呼吸も少なくて済
みますし(またケナフの話を離れればC4の種もあります)、木は樹形を支える
ために炭水化物をリグニン等に変換しなければならずそのために余計にエネルギー
も要りますから、成長の早い種を比較すれば温帯以南の通常の条件の所では草本
種の方が単位面積当たり物質生産量は大きくなるはずです。物質生産量の最高記
録は熱帯のサトウキビ畑で70-90t/ha年くらいだと吉良の「生態学から見た
自然」に書いてありますし、熱帯・亜熱帯のサトウキビでは数十t/ha年は普
通らしいですから、これは木本ではまねできないことだと思います。より寒い地
域や半乾燥地等では、草本が全面積を被覆するまでの成長効率の低い時間がバカ
になりませんから、木本が優位になり、寒い国で木本バイオマスが利用される場
合が多いのはこういった理由があると思います。ただし熱帯では、土壌浸食等の
問題が大きいことから、木本や多年性作物の方が、持続的経営上適している場合
がかなり有ると思いますし、(上記Webページもこれを指摘したいのだと思いま
すが)当然土地の養分には影響を受け土地の養分消耗の問題はありますが。


>A7: ケナフについては、以下のような質問が、度々、寄せられています
> ・ケ ナフについて教えてください。
> ・ケナフの二酸化炭素吸収量が多いそうですが。
> ・ケナフはどのような場所に植えたらよいですか?
> ・ケナフは乾燥地や、塩水地に育ちますか?
>  これらの質問には困っています。私たちは、森林と樹木に関する試験研究を行っているのであって、ケナフは樹木で
> も森林植物でもありません。例えば、肉屋さんに行って、「魚のほうが肉よりも健康にいいのですか?」とか、「おい
> しい魚料理を教えてください」と聞くようなものです。

 森林総合研究所の担当でなければ農業関係試験研究機関を紹介すればよいと思
いますが、このWebページのような恣意的説明をすることは許されないと思いま
す。このような初歩的な誤りを含む恣意的説明が何故になされ、しかも当の垰田
森林総合研究所植物生態科長等には再三の申し入れをしていますが、未だに訂正
されないのは不可解です。研究費の取り合い等の事情か製紙業界等産業界との癒
着といった動機が絡んでいることが疑われ、そうだとしたら許されないことだと
思います。


 あとケナフ以外の項目になりますが、
> Q1: 樹木1本当たり,どのくらいの二酸化炭素を吸収しますか?
・・・
> もっと正確な表現をすると,ある年の葉の量は,その年に成長する幹の断面積,つまり1番外側の年輪
> が作るドーナツ型の面積に比例し,その葉が1年間に光合成で生産した量が翌年の成長量に反映されま
> す。

 この部分の前半は良いのですが、この部分はもどう見ても正確な表現ではない
ですね。樹種によりますが環孔材以外の常緑針葉樹等では葉量が「1番外側の年
輪が作るドーナツ型の面積に比例」はあまりしないでしょうし(このような樹種
では水分の通導は1番外側の年輪だけでなく辺材部の広い面積で行われています
から)、「その葉が1年間に光合成で生産した量が翌年の成長量に反映されます。」
も、反映される部分は有るでしょうが、前年の気象条件が著しく悪く樹にダメー
ジを与えたような場合等を除けば、翌年の気象条件の影響の方がずっと大きいで
しょう。もしこのWebページに書いてあるとおりなら冷夏や旱魃年の翌年の年
輪は小さいことになりますが、実際よく観察されるのは、冷夏や旱魃年の年輪は
小さいと言う事象だと思います。


> Q2: 二酸化炭素を最も良く吸収する樹種は何ですか?
>
> A: 土地の生産力によって決まり,樹種の違いはあまり関係ありません。
>
>  樹木の成長を決める最も大きな要素は気候条件(気温,降水量)と土地条件(養分,水分の量)です。
> その土地に自然に生育している優占樹種が、その環境で最大の成長をしていますから,二酸化炭素を最も
> 良く吸収する樹種になります。つまり,アカマツ林ではアカマツが,ブナ林ではブナが最も良く吸収する
> 樹種になります。


 当然、陽樹と陰樹では違うはずで、陰樹を伐採して早成樹を植栽すれば、CO
2吸収量は上がる場合が多々あるはずです。もちろんブナ林を伐採してスギを植
えるようなことを推奨する気は全くありませんが
 (時に林野庁資料で、スギとブナのCO2吸収量を並べて書いて、スギ林の方
がかなり大きいという印象を与えているものがあるのですが、ブナとスギの分布
は重なっている部分もあるものの、平均的にはスギの方がずっと暖かい地域に多
く分布していますので、数字の上で大きな差が出ているもので、実際に同じ立地
で比較すればそれほど大きな差はないと思います。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~ryokuyu/tok0081.htmの後半により詳しい説明を
しています)。
 一方、早成樹と言われる樹種と陰樹とを比べれば、かなりの成長量差が有る場
合がままあるのもまた事実です。


> 極相林であっても,土壌中の
> 炭素量は増大傾向にあるはずですから

 データを示さず決めつけているのはおかしいです。私の手元には色々な林齢の
広葉樹林を比較した論文で、土壌炭素蓄積量、12年生で164トン、45年生で122ト
ン、75年生で133トン、100年生で135トン、matureの森林で138トンというのがあ
ります(川口・依田、Japanese Journal of Ecology35(5)))。このデータによ
れば、土壌の炭素量は、若齢期に最大を迎え、1度減少したあと、再増加し高齢
になればほぼ一定でわずかずつ増加しているということになります。

 常識的に考えても、低湿地や寒冷地等の有機物の分解の極端に遅いところを除
けば、高齢になっていけば次第に、リター等で流入する有機物量と、土壌中・地
表で分解される有機物量が釣り合いに近づいて、ほぼ一定に近い状態になってい
くものと思われます。


> そもそも,森林が,大気中の二酸化炭素濃度を減少さ
> せる機能とは大気中から吸収することではなく,『大気−陸地』の間の二酸化炭
> 素保持量の割合を変え,大気中の存在量を少なくすることです。・・・陸上で面
> 積あたりの炭素蓄積量が最も多いのは極相林ですから,二酸化炭素問題に対する
> 貢献度が最も大きいのは極相林ということになります。

 シーケストレーション(貯蔵)されている量を比較すれば、極相林が最も多い
ということになりますが、バイオマス利用その他CO2削減に有効に利用が行わ
れる場合には、成長量が大きい森林が最もCO2削減に貢献していることになり
ます。

 例えば、薪炭利用等は、持続的な森林管理が行われれば、シーケストレーショ
ンではありませんが、CO2を排出せずにエネルギーを使う生活を可能にするわ
けですし、将来糖質やセルロース等からの実用コストでのアルコール等製造が可
能になれば、農業残さ等がエネルギー源として活用されることも期待されます。
また、建築用材は、鉄筋コンクリート造りより、建築にかかるCO2排出量を削
減出来るとされています。

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 誤謬点・問題点の指摘は以上ですが、これらについて、森林総合研究所垰田植
物生態科長宛に2度訂正要望のメールを送りましたが、垰田氏からは指摘点のご
く一部について答えにならない答えがあったのみで、それに対し再要望を行って
も、何らの訂正も返答もなされず、ただ当該Webページに、森林総合研究所・
林野庁・農林水産省等の公式見解ではない旨と、検閲が行われることは無い旨
(検閲と誤謬の修正は性格が違うと思いますが。間違った内容を公開しておくこ
とは許されるものではないはずです)、等が付記されただけです(尚、同じ所に
付記されています「個人を対象とした誹謗中傷や脅迫を受けた事例があります」
は私ではありませんので念のため。垰田氏は、私に対しても、ろくに内容には返
事せず「誹謗中書だ」と書いてこられましたが、私の指摘は間違っていないと思
うのですが)。現在、森林総合研究所内のWebページ担当委員会に訂正を要望
中ですが、未だ迅速な対応が取られていません。
 尚、ケナフやCO2固定についての上記のような指摘点の議論は、生態学メー
リングリスト(jeconet)でも、ケナフの野生化の危険性の問題も含めてかなり
行いましたので、詳細にご関心の有られます方は入られれば過去ログが読めると
思います。


On Sun, 14 May 2000 20:31:38 +0900
can32960@pop07.odn.ne.jp (yuichiro) wrote:

> みなさんこんにちは、小宮です。
>
> ケナフに関してこういうWEBがありました。
>
> 「農林水産省 林野庁   森林総合研究所 森林環境部 植物生態科 」
> http://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/peco/index.htm
>
> ここのよくある質問と回答、にケナフに関する詳しい情報がありました。
>
> #IT革命が進んで紙の消費量が減ると思われたのが、最近は逆に増えて
> いるという話を聞きました。そういえば、うちでも電子メールの内容を
> プリントアウトすることが多いしなあ。
> --------------------------
> 小宮 祐一郎
> メールアドレス:can32960@pop07.odn.ne.jp
>
>

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Hisao Fujii (fujiihi@ffpri.affrc.go.jp)
Forestry and Forest Products Research Institute
Ibaraki, Japan TEL 0298-73-3211(ext475)
森林総合研究所・企画調整部 藤井久雄(内線475)
 森林・林業・自然と研究環境を守るNGO緑友会
 (http://www2s.biglobe.ne.jp/~ryokuyu/)事務局
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