[BlueSky: 114] 定量化できることとできないこと Re:107 Re84, 90 Re60 :議論の3つの水準


[From] Ken Goto [Date] Fri, 16 Jul 1999 15:04:33 +0900

青空MLのみなさん、こんにちは。
後藤@帯畜大です。

中澤さん【107】:
> > 小宮さん【103】
> > 持つことが第一で、それから[92]で後藤さんが言われているように
> > 「複合的自然能力を一つ一つ発見」、又、自然破壊によりもたらされる
> > 弊害を発見し、その知識を正しく世間一般に広めることが大事だと思い
> > ます。
> これを(3)の水準で行うことも,また可能です。何も経済優先を
> 判断基準にしなくても客観的比較は可能だということです。例えば,
> 住民の身体的健康状態,精神的健康状態(質問紙やインタビュー
> による方法もあれば,ストレス関連ホルモンの測定による方法もあり
> ます),住民がどの程度自然を望んでいるかというデータをとるとか。
> こういうことについてのデータを取るのは研究者の仕事と思います。
>
> その意味で,研究者が研究面で貢献できるのは(3)の水準だという
> ながみねさんのご意見に賛成です。

ながみ「ね」さんでなくて、ながみつさんですね?
また、ながみつさんがおっしゃったのは、(3)以外に、研究者は貢献できない
か、という問いかけだったように記憶しています(という印象を持ちました)。

(3)は、いわば、定量的基準に還元できることどもどうしの対立ですね。
で、この場合、中澤さんが最初に例としてあげられた「浄水能力」という単一機
能を比較するならば、問題は単に、能力評価の基準なり方法が、十分に信頼でき
るかどうか(実は、これ自体が結構怪しいと思うのですが)、という科学的な問
題に帰着されます。

しかし、これにもう一つの機能の定量的評価を加え合わせると、問題は極めて錯
綜としてきます。仮に、ストレス度(当の二つの環境が住民に与えるであろうス
トレスの大きさ)なるものが客観的に測定できたとします。

総合的評価基準として、浄水能力とストレス度について重み付けをする必要が出
てきます。5対5とか、7対3とか、2対8とか。どうやって、この重み付けを
決めるのか?科学的な根拠は見つけられそうもありません。

もちろん、このことは、(3)の価値を否定するものではなく、むしろ推進して
欲しいことですが、、、。判断は総合的で、(今のところ?)量には還元できな
いものを含めた形で行うしかないと思います。

なお、
後藤【84】:
> (1)(いわゆる)非人間中心主義 対 人間中心主義 
> (2)文化的自然 対 「文明的」利便性(利用価値)
> (3)同一の目標を達成する際の、自然能力 対 人工能力 の対立。
では述べませんでしたが、

文化的自然、あるいは、複合的自然能力には、(3)の、定量化されうる自然能
力が含まれることを、明記しておきたいと思います。

後藤 健
=========================
生命を考える http://www.obihiro.ac.jp/~rhythms
帯畜大 生物リズム学 Phone (& Fax): 0155-49-5612


▲前の記事へ ▼次の記事へ △記事索引へ △青空MLトップへ

(注)この記事が最新である場合,上記「次の記事へ」はデッドリンクです。