[BlueSky: 3095] Re:3091- ミーム


[From] Ken Goto [Date] Sun, 11 Mar 2001 21:37:50 +0900

後藤@帯畜大です。

う〜ん、どうにもこうにも、ミームという言葉がこれほどに伝播するとは、
保守的メノムを備えた僕には理解できません。

便利な言葉、という気もしませんし。
何か新しく発見された現象なり「実体」なりを表現している、とも思え
ません。ミームという言葉がなくたって、文化や思想、宗教の伝播過程
は説明できるでしょう?それとも、ミームという言葉(概念)を使わな
いと説明できない事象があるのでしょうか?

・・・なお、ミームという言葉は普及していますが、メノム(ゲノムに
対応する概念として)という概念がないと、片手落ちのような気
がしますが、どうなんでしょう?このメールの末尾にミームとい
う言葉の岩波生物学辞典による解説を引用しておきます。

【私が何も新しいことは言わなかった、などと言わないでもらいたい。
内容の配置が新しいのである。ジュード・ボームをするときには、一方
も他方も同じ球を使うのだが、一方の方が上手に球を送るのである。そ
れと同じように、私は古い言葉を使ったと言われるほうが嬉しい。同じ
言葉が異なった配置によって別の思想を形作るのと同様に、同じ思想で
も配置が異なれば、別の論旨を形作るのではなかっただろうか。(パス
カル パンセ22(第一章)、1657〜1658)】

僕の知る限り、思想の創造が「言葉の組換え」によって達成されること
を初めて発見した(もしくは明示的に表現した)のはパスカルです。生
物学が明らかにしてきたように、遺伝子の創造も、組換え過程が基本に
なっていますね。

ミームという言葉は、遊びとして面白い。ということはよく理解できま
す。「利己的な遺伝子」というネーミングだって、科学者の気の利かぬ
駄洒落でしょう。

・・・本来、利己的という概念は、利他性との対概念としてのみ意味を
持ちますが、利他的な遺伝子、ってありますか?また、利己的と
いう概念は、心理的・行動的メカニズムを指す概念ですが、利己
的な遺伝子というときの利己性は進化的メカニズムを指す概念で
す。

この、次元を異にする概念を、同格に対比させることによって、
逆説的なニュアンスをつくりだし、面白さを醸し出しています。

でも、まぁ、ドーキンスご本人でさえ、時として、どちらの次元
で言葉を使用しているのか混乱するほどに、厄介なネーミングで
す。

【ドーキンスは彼の比喩は比喩ではなく、本当に遺伝子は利己的なんだ、
と弁解し、利己性をどのように定義しようと勝手だ、と言い張った。し
かし、彼は、用語を全然異なった分野から借用し、とても狭い意味でそ
れを使ったのだ。こんなことが許されるのは、二つの意味がどんな時で
も交錯しないときに限られるだろう;だが、不運なことに、二つの意味
は混合し、このジャンルの幾人かの著者は「ひとびとが彼ら自身のこと
を非利己的だなどと言おうものなら、おお!貧しい魂よ!汝は自己欺瞞
に陥っているに違いない」とまでほのめかすまでにもなったのである。
France De Waal, Good Natured The Origins of Right and Wrong in
Humans and Other Animals, 1996 より(訳書あり)】

【私の議論から人間的なモラルを引き出すとすれば、次のようなものと
なろう。 私たちは、子供たちに利他主義を教え込まなければならない
のだ、ということである。子供たちの生物学的本性の一部に利他主義が
組み込まれていると期待するわけにはゆかないからである。ドーキンス
(「利己的な遺伝子」223ページ)】

・・・ここでドーキンスのいう「利他主義」は、心理的・行動的メカニ
ズムとしての利他主義です。進化的利己主義に関する議論から、
心理的・行動的メカニズムを解明することができるんですかね?

光合成の進化的由来を幾ら知ったって、光合成のメカニズムは全
く分からないことは自明のように思うのですが。

また、子供には、心理的・行動的メカニズムとしての利他主義が
(利己主義と同じように)一部組み込まれている、というのが客
観的事実でしょう。

おまけ【大ざっぱにいえば、すべての利他的行動は、本来利己的で自分
が生き残ることだけを「考えている」遺伝子によって司令された完全に
利己的な行動に他ならないのだ。これはいささか逆説めいて聞こえるが、、、
日高敏隆「利己的な遺伝子」訳者あとがき】

・・・第一行目の利他的が心理・行動的メカニズムを指しているのに対
し、第一行目、第三行目の利己的は進化的メカニズムを指してい
ます。全く交錯しない異次元のメカニズムに同じ言葉を用いて対
比させ、駄洒落を楽しんだ、というわけです。

ゲンゴロウ虫さん【3091】:
> 私たち人間は、遺伝子の乗り物でしかない存在で、さらに、
> 私たちの脳の中をミームが通過しているのではなく、もしか
> すると、ミームという情報遺伝子の産物その物でもある?
> つまり、私たちは、生物遺伝子の産物であり、同時に情報
> 遺伝子の産物???
> (すみません、独り言モードになってます。)
「遺伝子の乗り物」論も、きつい冗談ですね。
むかし、20世紀はじめ、ワイズマンという生物学者が、生殖質(生殖細
胞系列)と体質(体細胞系列)を区別し、両者の根本的な相違に注意を
促しました。生殖質は(生物学的プロセスとしては)不滅ですが、体細
胞系列のほうは一代限りです。

・・・あくまでも、生物学的プロセスとしては(遺伝的にプログラムさ
れた目的律的過程としては【2972】)、ということです。例
えば、クロー ン動物の体細胞系列は、人為的な工作によれば不
滅でありうるわけですし、さまざまな後天的要因によって、生殖
質を次代に伝えない動物やひとびとも存在するわけです。

進化的永続性(あるいは全く同じことですが、生命としての目的)を基
準にとれば、体細胞系列(われわれの脳を含め)は、生殖細胞系列を次
代に伝える「ため」の手段になっている、とみることが可能です。哺乳
類の喜怒哀楽も、生殖細胞系列の伝達に有利なように感じるようになっ
ているはずです。

・・・けれども、生命の主体は、あくまでも個体に、すなわち生殖細胞
系列と体細胞系列の統合にあります。どちらも、両者の生存にとっ
て不可欠ですから、片方だけに主体性を与えて捉えるのは恣意的
です。

ものを見るとき、一側面だけを捉えて、それを全面的な結論とし
て使う、という行為も恣意的です。ドーキンスの意図が何処にあっ
たか知りませんが、「乗り物論」の世間的な普及過程においては、
全面的結論として普及したわけです。でなければ、酒の肴になる
ほどには面白くないでしょう。

ただし、この「生命の目的」(遺伝的にプログラムされた、生殖質伝達)
を人生の目的として設定することも可能で、それは個人の自由の領域で
すね。封建時代にマッチした目的ですが。ま、しかし、人生の目的は、
心理・行動的な次元の問題ですから、「遺伝子の乗り物」に過ぎないの
だよ、と、敢えて進化的次元にすりかえる必要はないでしょう。「遺伝
子の乗り物」論が、話として面白く映ずるのも、このすり替えに起因し
ているのだ、と僕は思います。

なお、一つ一つの遺伝子やゲノムには「目的」がありえません。生命は
プロセスですし、一つの結果を予定したプロセスなので、目的があるの
です。遺伝子は、エネルギーを消費する実体ではありませんし、まして、
プロセスでもありません。生命の中にあって、生命によって、情報とし
て読み出される(使われる)実体です。ただ、生命活動という全体的プ
ロセスを通じてのみ、結果として次代に伝えられる代物です。

   新聞も読者がいなければ単なる紙くずですね。

ですから、遺伝子が主役のように見えるのは、それが単に不滅であるの
に対し、われわれのからだが儚いからでしょう。だからといって、生理
・心理・行動的メカニズムにおいて、遺伝子が主役になっているわけで
はありません。あくまでも、進化的メカニズムにおいては遺伝子が主役、
ということでしょう。利己と利他の問題と同じく、次元の異なる領域を
混ぜこぜにしてしまうと、混乱を招くと思います。

遺伝子について述べたことと全く同じように、ミームは目的をもった主
体ではありません。ミームを伝播する主体は人間活動です。また、ゲノ
ム(生殖細胞が備える遺伝子の総体)が生得的に決まっており、後天的
には変化しないのに対し、ミーム総体(一個人のミーム総体は、世界観、
といったところか)は後天的にのみ獲得され、生涯を通じて可変的です。

・・・われわれの世界観が、時代的、文化社会的制約を受けていること
は、昔からよく言われてきたことですね。

この規定性のことを、われわれの脳は「ミームの乗り物」に過ぎ
ない、と言えば言えると思うのですが、ミーム自体が主体ではあ
りえないので、「利己的な遺伝子の乗り物」と同じく、論理矛盾
であろうと僕は思います。

遺伝的規定性(については先回申し述べましたが)と時代的・文化的規
定性という二つの制約は昔からよく知られたことだと思うのですが、こ
の制約に対置するのは人間主体(特に意志)でしょう。ゲンゴロウさん
の集合生物のお話では、この主体性は、集合生物の「意志」によって洗
脳されている頼りないものである、というようなお考えだ、との印象を
もちました。頼りないのは事実でしょうが、、この頼りなさを問題にす
る上で、ミーム概念を持ち出す必要を僕は全く感じません。

ミーム概念が有効であるとしたら、それは、たとえば、どのようなミー
ム複合(ミーム総体)なら世界観として可能か、というような問題設定
のときでしょう。あるいは、どのようなミームが伝播しやすいか、とい
う問題でしょうか?

・・・確かに、ミーム概念は、伝播しやすいミームでしたね。利己的な
遺伝子論も伝播しやすいミームでした。知的遊戯を楽しむ文化圏
の中では、ということですが。たとえば、利他的行動は、進化的
利己行動であった、とより正確に言明しても、そこには「逆説め
いた」ことは何も表現されていませんから、面白みがないから普
及できないでしょう。でも、すべての利他的行動は、実は利己的
であった、なんて表現されれば、うなるしかないです。

●●●岩波生物学辞典より
ミーム[英meme]
【同】文化子,文化遺伝子(culture gene)
文化を、進化する適応システムとみなした時,文化における生物の遺伝
子に相当する複製子( レプリコン説).R.ドーキンス(1976)の命名.
C.J.LumsdenとE.O.ウィルソン(1981)の発案による類義語にクルトゥル
ジェン(culturgen,文化素)がある.遺伝子が生物的な遺伝情報の伝播
の単位であるのと同様,ミームは文化的情報の伝播の単位である.しか
し,遺伝子と違って突然変異率が高く,獲得形質の‘遺伝’が可能であ
り,対立遺伝子座を常にもつとは限らない.伝播経路も複雑で,垂直伝
播(親から子へ)に加え,斜行(親以外のおとなから子へ)と水平(同一世
代内)の伝播がある.実体としては,( )記憶にかかわる脳内の物質の配
置変化として把握される.この概念の導入は,生物進化の諸理論を文化
的現象に適用することを可能にし,人間や人間外霊長類,鳥類,哺乳類
などの新奇行動・文化的行動の伝播過程に関する研究を進展させている.
●●●


後藤 健
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生命を考える http://www.obihiro.ac.jp/~rhythms
帯畜大 生物リズム学 Phone (& Fax): 0155-49-5612


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