[BlueSky: 2310] Re:2307 子どものパワー


[From] "SUKA, Takeshi" [Date] Sun, 3 Sep 2000 18:18:05 +0900

葛貫さん、みなさん
          須賀です。
葛貫さん:
> 「言葉」を駆使して、(自分の)世界を構築し、それをお互いに確認し
> 合い、修正し、共有することは、面白いです。でも、言葉を使って構築
> される世界は、人が持っている語彙という限界があり、また、言葉を
> 知っていてもその言葉が持つ「質」が共有されているか、どうかは、
> わからないのだと思います。
>
> それで、須賀さんが【2291】で仰しゃっていた
> > 実際の社会もことばのやりとりでかたちづくられた現実の理解の
> > しかた(机上の空論になりやすい)を「現実そのもの」と勘違いし
> > て動いていくことがよくあるような気がします。それを現実にひきも
> > どすためにも、ことばのやりとりを重ね、認識をあらため、きたえ
> > あっていかなければならない。
> > 矛盾してますが、しょうがないですよね。
> ということに戻ることになりますね。(^。^;;

そうですね、そしてこれは、中澤さんが(2158)でいっておられた
このこととも重なっていますね。

中澤さん:
> ほとんどすべての環境問題,環境保護問題は,メリットとデメリットの
> すり合わせによって妥協点を探るしか解決策(収拾策というべきかも
> しれません)はないように思います。すり合わせの際に正確なデータが
> 必要なことは明らかで,偏ったデータや誤った解釈は有害だと思います。
> これは自然科学的データに限らず,人文・社会科学的データについても
> 同様で,恣意的な世論調査の解釈だけが部分的に引用されたりして
> 言説を作っていくのは困りものです。このMLでも繰り返し指摘されてきた
> ことですが,すべての市民が合理的に判断できるような能力を身に付け,
> 信頼できるデータが十分に公開されることが必要なのだと思います。

「すべての市民が合理的に判断できるような能力を身に付け」というのは
ある意味であえて理想像をえがいてらっしゃるのだろうと思いますが、
それとは別に、それぞれちがった立場にある当事者が、自分にとって
手触りを感じられる現実はこういうものだ、とのべあうことも、他の
ひとたちにとっては有意義な判断材料になりえますね。

葛貫さん:
> 言葉の外にあるものを感じ取る回路(?)が、まだ、開いている子
> 供に、先に説明することにより、既存の言葉で作り上げた(大人の)
> 世界を刷り込み、その世界の内側で、情報処理するように仕込ん
> では、可哀想だなと思います。
> 同時に、大人も、そのような回路を開いておくようにしないと、言語
> による自家中毒を起こしそうな気がします。

民主主義は、うまく機能すれば為政者たちが「言語による自家中毒」に
おちいるのを回避するという効能を果たしうるのではないでしょうか。
自然科学や人文・社会科学も、言語空間に外の空気をおくりこむ役割
を果たさなければならないのではないかと僕は思っています。これらは
大人がつくりあげ動かしているシステムですが、子どもたちもいずれ成長
して大人になったときには、そういうことをやらなくてはならない。
そのときには「言葉の外にあるものを感じ取る回路」が大切になるはず
ですし、同時にうまく外の空気を言語空間に送り込めるだけの情報処理
技術も身につけておかなくてはならない。僕のようなしろうとの手には
おえませんが、子どもの発達課程とこの両者のバランスをどうかみあわ
せるかがとても大事なことのような気がします。






Takeshi SUKA
Nagano Nature Conservation Research Institute (NACRI)
E-mail: suka@nacri.pref.nagano.jp


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