[BlueSky: 2090] Re:2088 遺伝子組み替え蚊!?


[From] Minato Nakazawa [Date] Mon, 26 Jun 2000 15:59:53 +0900

中澤@東京大学人類生態です。

(件名:[BlueSky: 2088] 遺伝子組み替え蚊!?に於て)
Fri, 23 Jun 2000 17:25:29 +0900頃,yuichiro komiyaさん:
> 「世界初の遺伝子組み換え蚊を開発、マラリア根絶への一歩にも」(ロイター6月22
> http://news.yahoo.co.jp/headlines/reu/000622/int/14225302_a00000438.html
小宮さん,いつも興味深い情報ありがとうございます。

マラリア原虫に耐性をもつように遺伝子組換えを行った蚊を放すと
いうことは,蚊自体は減らさずにマラリア原虫の伝播経路にダメージ
を与えるという意味では,生態系への最小の擾乱でマラリアという
病気を叩くことを目指していて,思想としては立派かもしれません。
しかし,以前書いたかもしれませんが,想像力が足りない考え方です。

(1) この戦略が効果を発揮するためには,組換え蚊が従来の蚊を駆
逐しなくてはいけませんが(従来の蚊が現在と同じ密度で混在
していてはまったく無意味です),そのためには,よほど大量
に放すか,従来の蚊よりも適応度が高いものにするかしなくて
はいけません。前者の方法では,少なくとも一時的に蚊の密度
が異常に高くなってしまい,たとえマラリア原虫を媒介する能
力がない蚊であっても,ヒトにとっての吸血昆虫であることに
は差がないために不愉快ですし,後者の方法では副作用(組換
え蚊が異様に増えすぎてしまうとか)が心配です。
(2) 雑種が生じた場合にどういう性状を示すかということが考えら
れていません。その他,未検証の性質についてはわかりません。
(3) 不稔にしたオスを放すという方法なら吸血頻度は上昇せず蚊の
密度自体が低下するので,生態系への擾乱はそれなりにありま
すが,組換え蚊が別種として振舞った場合の生態系への擾乱と
比べてどちらが大きいかといえば,むしろ後者の方が大きいと
思います。ヒトの生存の利便性のために病害昆虫を殲滅すると
いうアクションは頻繁に行われてきたことなので,それが悪い
からということを遺伝子組換え蚊を大量に放すことの論拠とす
るのは妙です。
(4) 森林伐採や地球温暖化でハマダラカの生息環境が拡大したこと
によってマラリア分布域が広がったことを問題視したいなら,
木を植えるとかすればいいので,組換え蚊を放すというのは,
あまりに短絡的に過ぎます。

雑駁ですが以上の理由から,ぼくは遺伝子組換え蚊の実用面への応
用には反対します。推進したい人は,殺虫剤を多用するより良い,
という擁護論を出しそうですが,対案として値しないものを比較の
対照にしようという典型的なねじれた論理で,意味のない擁護論だ
と思います。

ついでに書いておくと,_Galanthus nivalis_凝集素(GNA)を発現さ
せた遺伝子組換えポテトをラットに食べさせた場合の小腸への影響
を見た,去年秋Lancetに載った論文を読んでみたところ,「腸管粘膜
の肥厚など影響の多くはGNAによるものと思われたが,GNA自体では
なく,GNA-GMポテト全体としての生物的影響が現れたと考えられる
異常もあった」ということでした。この論文では経世代影響は調べて
いないのですが,成分からは予測不可能な経世代影響をすべて調べ
なくてはいけない可能性を示唆しています。もしそれが義務付けられ
たら,きっとGM食品はペイしなくなるでしょう。
Ewen SWB, Pusztai A (1999) Effect of diets containing genetically
modified potatoes expressing _Galanthus nivalis_ lectin on rat
small intestine. _Lancet_, 354: 1353-1354.

=====
Minato Nakazawa, Ph.D. <minato@sv3.humeco.m.u-tokyo.ac.jp>
Department of Human Ecology, Univ. Tokyo
[WEB日記=丘の上の親水公園で寝転んで青空を眺めながら考えた
政治改善案2つ(1)委員会割り当てを比例配分しないことと,
(2)議員をパートタイムジョブにすること]
http://sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/~minato/myfavor.htm


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